第8話 ティアの学園案内

 

 天空学園スカイディアへの通学方法は、自室にある魔法陣から直接学園に転移するものだ。

 エンエムと乗った玄関先の魔法陣は来客用のものだけど、学園の景観を見せるのにはうってつけだったからと聞かされた。


 用意された白い制服を着用して、自室の魔法陣に乗る。

 そうして初めて足を踏み入れた学園は、寮に抱いた感想と同じく、今までの僕の価値観を変えてしまう別世界だった。


 三十二階建て。

 最も広い部屋は小さな町程の広さがあるらしい。

 各教師専用の部屋も設けてあり、人によっては、そこを教室や仕事場として使っている人もいるとか。

 このスカイディアを隅から隅まで知ろうとすれば、半年以上はかかってしまう。


 でも、出来るならこのスカイディアを全て堪能したのちに、僕はここを卒業したいと、そう考えてながら廊下を歩いていた。

 一人ではなく、


「ぼくが受けている授業ですか?? 

 そうですねぇ、ぼくは魔獣学や魔物学で敵について勉強をしています。中でもぼくの魔法に近しい魔法操作学や魔術錬成学なんかはとてもためになって面白いのです! オススメは……やっぱり魔物学ですかね。魔物学の権威、スプリッツァ先生はとても優しくて……どうかしましたか??」


 王族の、ティア・ブライトハイライトと一緒に。


「いや、特に何かあるってわけじゃないですけど……」


 魔術正教の総本山、ユスティティア帝国はその宗教の力で最も国土を広げている国だ。

 六王国の中でも一番広い国土だったはず。

 それでなくとも王族と廊下を歩くともなれば、注目も浴びるというもの。


 学園が巨大故に、人が少ないとはいえ。

 通りすがりの生徒達は皆、小言でひそひそ何かを話しながら通過していく。

 そんな空気の中でも、ティアは気にかけることなく笑顔で僕に話しかけていた。


「それにえっと……ティアさ」


「ティアでお願いします! これからチームメイトになる人同士で、遠慮は不要です!」


「で、でもティアは僕のことエイトさんって呼んで……」


「ぼくのは敬語が口癖だから良いのです」


 えへんと胸を張るティア。

 王族と肩を並べて歩くのも心臓に悪いのに、敬語を使っちゃいけないのは更に悪い。

 なんていうか身分の差を強く感じるのもそうだし、もし、王族を尊敬する候補生に見られでもしたら決闘を挑まれかねない。


 最初は暗殺目的か? などと疑いを掛けたがそういうことではないらしい。

 気さくに話しかけてくれた彼女の真意はただチームメイトと仲良くしたかった。

 それだけだ。


 それに……ティアはとても可愛い。

 金髪は陽の光が当たるとキラキラ宝石のように輝くし、金瞳はそれそのものが宝石のようだ。

 小柄でちょこちょこ歩く姿は小動物のようでとても愛らしい。

 そんな彼女だから、ドキドキして心臓に悪いのかも知れない。


「まぁ、ティア……がそこまで言うなら……」


「敬語もダメですよ。信頼を深める為にはやはり距離を縮めなければいけません。ではよろしくお願いしますね、エイトさん♪」


「……はい」


 足を引っ張るかもしれないと気苦労しているのに、更に距離感が掴めない可愛らしい王族。

 何はともあれ、なるべく友達と話すみたいに、普通に接することを心がけよう。


「で、授業について話を戻しますと、授業の充実さはもちろんですが、一週間後には試験とは別のテストがあるそうです。

 当人が選択した授業以外に、必要な要素がないか、苦手意識はないか、新たに授業を教師が選ぶ為の軽いものと聞いてます。至れり尽せりとは言ったものです」


「へぇ、そうなんだ。苦手意識……か」


 苦手といえばもちろん魔術だけれど。

 そもそも適性がゼロなので、使えないなら何を新しく学べば良いのだろう。


 住んでいた村の師範代の元で、剣術も武術も一通り習ったし、魔法の使い方だって色々研究……して、あ。

 すっかり忘れてた。


「こりゃ叱られるな……」


「どうかしたんですか?」


「いや、実は僕の幼馴染みもこの学園に入学してて、一次試験突破したことはエンエムから聞けただけど、まだ直接会ってないんだよね……」


 父親代わりに育ててくれた師範代。

 彼には一人娘がいて、僕の先輩としていつも武を競っていた。

 そんな彼女も僕と共に書類審査を突破し、学園に入学することが決まったと聞いた時は共に喜んだものだ。

 しかし入学が決まってから僕は師範代の元を離れて修行の旅に出ていたから、それ以来彼女とは会っていない。

 久しぶりに会いたいが……どこにいるか見当もつかない。


「エンエ……ムってエンエムさんですか?」


「あ、そうそう! そのエンエムさん! へへっボォーッとしてた……」


 ティアに訝しまれてしまった。

 僕のエンエムへの不信感はもう少し隠さないといけない。


 そういえば、地上にある寮はちょうど真ん中で男子と女子の領域に分けられているが、基本的に女子寮に男子は禁制だ。

 例え入れたところで部屋を見つけるのに一日中かかる自信がある。


「ティア……は、僕の部屋をすぐに発見してたけど、一体どうして……?」


「え! あ、そ、それはですね……え、えっーと……」


「……?」


 あからさまに動揺して目を泳がせている。

 何か言いづらい事なのだろうか。


「そ、そんなことより今は何時ですかね!?」


「え、今? 今は……」


 腕に取り付けられた小型の水晶を覗き見る。

 すると水晶から光が飛び出て、数字を形作った。

 その数字は8:45。


「まだまだ授業まで時間が空いてるな。どうしよう……というか、時計水晶つけ忘れたの?」


「へへ……」


 ティアはごまかすように笑った。

 時間を知らせる術式を組み込んだ腕輪型水晶は、生徒全員に配られている。


 ティアは目を輝かせて言う。


「じ、実はぼく、是非エイトさんを連れて行きたい場所があるのです!」


「連れて行きたい場所……?」


「はい!」


 学園内の行き来にも魔法陣が使われている。

 階の昇降はもちろん、魔法陣には番号が振り分けられ、生徒手帳に記載されている部屋最寄りの魔法陣に乗ることで授業に向かうわけだ。

 それは自室から魔法陣で移動した際、最初に訪れるエントランスに全て集まっている為、僕らは廊下近くにあった魔法陣でエントランスにまで戻った。


 そして82番の魔法陣にのり、暫く歩いたところで目的地に着く。


「ココです!」


「魔術道具学……シュヘル・ヘルブリーダー……?」


「はい! 魔術道具学の専門家にして製造者! 免許もS級を取っていらっしゃる凄い方なのです! 

 しかもなんと、候補生には無料で! タダで! 専用の魔術道具を作ってくれると言う太っ腹ぶりなのです!! 入学当初はひっきりなしに生徒が出入りしていたのですが、漸く人の出入りも少なくなったんです!」


「そ、それは……すごい、気前がいい話だね……。負担も大きいだろうに」


 何が凄いってティアの目の輝きようだ。

 随分と尊敬しているようにみえる。


「もちろん、全てを一から製造したわけではなく、既存の道具も渡していたので、それなりに楽していたそうですよ」


「へぇ。じゃあティアの持ってる杖はどっちなの?」


「ぼくの杖は先生に作ってもらったんです! コレがあると凄い戦う時、便利なんです!」


「戦闘で……」


 ティアが見せびらかす杖は確かに良い出来だ。

 もし僕の魔術道具を作ってくれるとしても一体、何を作ってくれるのだろう。


「失礼します。シュヘル先生はいらっしゃいますか?」


 重厚な木の扉をティアの小さな手がコンコンと叩くと、奥から気怠そうな声で、どうぞ、と返事が来る。

 それを聞いたティアは嬉しそうにこっちを見た後、再び「失礼します!」と言って扉を開けた。


 そこは教師の部屋というよりも道具屋のような部屋だった。

 所構わず道具が置かれている。

 壁、床、天井にさえ道具が吊り下げられている。

 歩く場所はほとんどないなく、ガラクタが散乱している汚い部屋。

 正面にある机に辿り着くまで、器用に跳ねながらティアは既に慣れた足捌きだ。

 僕は道具を踏まないようにゆっくりと机にまで近付いて、そして漸く、この部屋の主人を見た。


 パイプ煙草を加え、まる眼鏡が天井から吊るされたランプに光る。

 茶髪を後ろに纏めた巨乳の女性。


 服がはだけているのはその豊満な胸のせいか。

 或いはこの部屋の惨状からも見て取れる性格のせいか。

 兎も角、最初の印象はだらしなく目のやり場に困る人、だった。


「お久しぶりです! 先生!」


「またうるさいのが来たね。久しぶりと言っても、昨日も一昨日もあってるだろうに」


 声音に気怠さを残しながらも、その内容は優しさを含んでいる。

 だらしない性格ではあるが、どうやら面倒見はいいらしい。


「それでもぼくからしたら久しぶりなのです!! 今回は魔術道具学のお話じゃなくて、お客さんを連れて来ました!」


「ほぅ、珍しい。ティアがお客さんを……おや?」


 咥えたパイプ煙草を離し、煙をゆっくりと吐けば、天井に取り付いた換気扇が煙を吸い込んでいく。

 味をしっかり堪能したところで、シュヘル先生は僕を頭から足先まで観察して、


終わらせた者クエスト・エンドじゃないか。よく来たね」


 そんな風に僕を呼んだ。


「く、クエストエンド……?」


「そうさ。お前さんは最後に試験を終わらせた候補生だからねぇ。終わらせた者クエスト・エンド……なんて、そう呼ばれてるよ」


「なんかそのまんまですね……」


「いいじゃないか。二つ名。普通ならS級の冒険者にならないと、つきやしないんだ。ありがたく名乗っておきな」


「は、はぁ……」


 別にカッコ悪くないし、いいんだけど自分の知らないところでそう呼ばれてると思うと少し恥ずかしい。

 特に何かしたわけでもないのに、噂だけ広まっていったら正直名前負けしてると思われるかも知れない。


 すると、突然何かを思い出したようにティアは手をあげた。


「あ、それじゃあぼくは道具を見学してよろしいでしょうか!」


「あぁ。また適当に見て行きな。勝手に触れるんじゃないよ」


「はーい!」


 そう言うとティアは道具の山の向こうに消えてしまった。


「お前さんを気遣ったんだよ。魔法ってのは、むやみやたらに他人に教えていいもんじゃないからね」


「あぁ……それで」


 僕が訝しんだのを見て、すぐに先生は教えてくれた。


 ティアは本当に良い子だ。

 どうしても王族にはある、誇りプライドのようなものが感じられない。

 或いは傲慢とでも言えばいいのか。

 王族かれらはもっと、威張っていたり、平民を見下していたり、なんて偏見があったけれど。

 どうしてあそこまでティアは僕の事を構ってくれるのだろうか。


 もっとティアをよく知らなければならない。

 コレからチームメイトになるのだし。


「それじゃ、道具造りの診断といこう」


 シュヘル先生は空間に指を走らせる。

 どこか遠くから書類の束がフワリと飛んできて、シュヘル先生の手元に舞い降りる。

 書類をペラペラとめくっていく。


「さて。まずはお前さんの魔法と、魔術……と、そうか、適性がゼロ、なんだったな」


「はい。なので魔法の方のサポートに何か頂けたらと……」


「魔法は、物を絵にして保存する魔法、か。珍しい……し、使い道が難しいな」


「まぁ、戦闘向きではないですね」


 シュヘル先生は暫く熟考した後に、口を開いた。


「魔法のサポートになるわけではないが、戦闘の補助としてなら幾らでも魔術武器がある。炎を出す剣に、対象を凍らせる銃、稲妻を発する槍なんて物もあるが……どうだい?」


 シュヘル先生の提案する道具は全て魅力的なものばかりだ。

 直接的に戦闘を支援する武器ならば自ずと僕の戦闘能力も上がる。

 でも……どれもピンとこない。


 表情を見て感じ取ったか、シュヘル先生は再び煙を吸って吐き出すと、言った。


「まぁ、お前さんの要望を教えてくれるのが一番手っ取り早いね。どんなのが欲しい?」


「どんなの……ですか」


「何でもいいんだ。ここには腕利きが揃ってる。私だけではなしえないことも、二人、五人と増えれば何でもできる。欲深い要望もきちんと実現してみせるよ」


 シュヘルの言葉に、僕の魔法を活かす方法を考えた。

 絵に変えて保存する魔法。

 戦闘には使い辛いけれど、前回のデッドリーム戦のように工夫をすればこんな魔法でも戦える。

 そのためにはやはり、


「本……。そうですね、何か魔術的機能がついた本などありませんか? 例えば、そう。燃えない、とか」


 僕の言葉に、シュヘル先生は何かに気付いたように目を開き、微笑んだ。


「……お前さんは運が良い。丁度少し前にこんなものを作ったんだ」


 再び指を空間に走らせると次に飛んでくるのは一冊の本だ。

 古びた装丁の分厚い本。

 鎖に繋がれて開かないように縛られている。


「要望通り、絶対に燃えない本。

 だがそれだけじゃない。燃えず、濡れず──壊れない。永遠に残る書物、という名目で製作してね。コレはどうだい?」


「絶対に燃えず、濡れず、壊れない──本」


 そこに保存したものは僕が出さない限り永遠に保存できて、

 しかもその中に僕が入れば、ほぼ無敵。

 だが、


「欲しい……ですけど、そんな貴重なもの、良いんですか?」


 絶対に壊れない道具はどれもこれも強力な道具か、貴重なものばかりだ。

 もちろん、俗に言う聖剣や魔剣の類に比べれば、戦闘面では頼りないが僕が使うとなれば別。

 戦士が魔剣を持つのと同等なくらい価値がある道具。


 正直、ティアに案内されてただついて来た僕が頂くにはあまりにも価値が大きすぎる。

 そう負い目を感じていれば、シュヘル先生はふっと鼻で笑い言った。


「良いんだ良いんだ。丁度書き手がいなくてね。埃を被ってた代物だ。この本も喜ぶさ」


 そう言って、ふわりと僕の手のひらに舞い込む古びた本。

 ずっしりと感じさせる重みは見た目通りだった。


「そう……ですか。では、有り難く使わせてもらいます。大事にします」


「あぁ。是非大切に使ってくれ。ティアのお友達だから特別にその鎖もつけてやろう」


 三度目。

 空間に指を走らせると本を封印するように巻きついていた鎖の一部が解かれ、僕の腕に巻きつく。


「これで手で持たなくても自由に浮かせられるし、無くす事もない」


「凄い軽い……。何から何まで本当に、ありがとうございます」


 本から重さが消えてふわふわと僕の横に浮いている。

 なんだかペットのようで面白い。


 そんな僕を見るシュヘル先生の表情がどこか悲しげになると、囁くように言った。


「代わりというわけじゃないけど、どうかあの子を、大事にしてやってくれ」


「……え? それは、どういう──」


「終わったんですか!!」


 言葉の真意を訊こうとした瞬間、ガラクタの山からひょっこりと顔を出したのはティアだ。

 ぴょんぴょんと散乱する道具の間を跳びながら近づいて、本を見ると目を輝かせて言った。


「わーっ! 凄いカッコいいです!」


「そ、そうかな」


「本当ですよ! なんていうか、凄腕魔法使い、って感じです!」


「そりゃ言い過ぎな気がするけど……ありがとう」


 はしゃぐティアを見ているとこちらまで元気になってくる。

 でも、僕の頭にはシュヘル先生の言った言葉がくるくると回っていた。

 その意味を最後に訊こうとして──授業のチャイムが鳴った。


「あ! まずいですよ。授業に遅れちゃいます! ではまた来ますね、シュヘル先生!」


「はいはい。いつでもどうぞ」


 手を振ってティアは駆けていく。

 僕も最初の授業に遅れるわけにはいかない。

 モヤモヤした気持ちを抱えながら、ティアの後を追っていくと、


「あー、そうそう、忘れてた」


 わざとらしい呼び止めるような大きい声だった。


「え?」


「“不滅の本グリモワール・シュヘル”」


 振り返る。

 シュヘル先生の、嫌らしい笑みがそこにはあった。


「ソイツの名前だよ」

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