第7話 突然の来訪者

 

 天空学園スカイディア。

 世界にただ一つの空飛ぶ建造物だ。

 学園の周りに取り付けられた、飛行の魔術を刻んだ中型魔法石を六つ搭載したリングを補助として、同じく飛行の魔術を刻んだ大型魔法石が学園の真下に埋め込まれ、空を飛んでいる。

 大型により浮力を、中型によりバランスを取った形だ。


 学園の大きさはそれこそ城にも負けず劣らず巨大だ。

 それを飛ばせるだけの魔法石を揃えるのは、世界人口の半分以上が教徒で力持つ魔術正教に、最も権力のある六王国の王達の助力あっての成功例だ。

 後にも先にも、空飛ぶ建造物はスカイディアのみだろう。


 そんな天空学園スカイディアと真正面から向かい合った僕。

 あまりの大きさに圧巻されてしまった。

 これからここで、約五千人の同級生と共に過ごし、学び、競い合っていくのだと思うと自然、胸が高鳴った。


 そしてある程度、外観を見学したところで、僕は寮へと戻ってきた。

 寮の自分の部屋で、荷物の整理や僕宛の書類などを確認しておいた方がいいと、エンエムにアドバイスを貰ったからである。


『他の生徒は一足先に授業を受けている。君も明日から自由に授業を受けていい。受ける授業は選択式だからね』


 と、最後に挨拶を交わしエンエムは立ち去った。

 赤いカーペットが続く廊下を通って、僕の部屋まで案内してくれた後の事だ。

 優しい印象をエンエムに持つ。


 憧れる。

 いつかはエンエムみたいな強い冒険者になって、願わくば、勇者と呼ばれる存在に僕はなりたい。


 なんて。

 一人思いながら、部屋の扉を開ける時ふとよぎる。


 ──憧れているのは間違いじゃないけれど。

 ──殺し合いを強要した事は、尊敬出来ない。


 と矛盾を心に抱えながら、部屋を見る。

 一人用の机に椅子、そしてベッドにクローゼットが敷き詰められるように置かれた狭い部屋だった。

 それでも、僕が今まで暮らしてきた部屋の何倍も高級な家具に見える。

 なんて言ったって。


「すぅーー、はぁーー。うん、良い匂いだ」


 匂いがおかしい。

 ただの家具なのに、幸福感を齎す匂いだ。

 自然の木の匂い。

 村の近くの森を思い出して懐かしい気持ちになる。


 ベッドの上には荷物があるが、荷物と言っても小さな皮袋があるだけだ。

 その理由は単純。僕の荷物が圧倒的に少ないだけ。

 他の候補生も、もしかしたら同じかもしれないけど、僕の荷物はただ一つ。


「……色々な偶然や幸運が重なってだけど、ここまで来れた。父さん、師範代」


 皮袋の中から取り出すのは木彫りの人形だ。

 僕は生まれつき両親がおらず、父の友人である剣術の師範代のところでお世話になっていた。

 その師範代が僕にくれたのがこの人形だ。

 父が僕へ、魔除の魔術をかけたと送ったものらしい。


 父は僕が幼い頃に、魔物から僕を守る際に死んでしまったと聞いている。

 思い出も記憶もないけれど、最後まで僕のことを考えてくれていたのだと、この人形は大切にいつも側に置いているのだ。


「にしても、ブサイク……」


 デザインは妖精らしいが、憎たらしい太った子供にしか見えない。

 ソイツを机の上に飾り、机の上にあった書類を手に取る。


「授業の時間割に、授業の項目。とりあえず普通の学園生活はできるみたい……わっ! 一週間に一度だけエンエム……さんの授業を受けれるのか……それにS級冒険者の講義に王国剣士長の剣術指南!? 凄い! 本当に充実してる!」


 他にも魔術機械学、冒険学、北聖剣術指南、魔法陣学、戦術学、戦法構築学……その他諸々。

 色々受講したい授業が目白押しだ。

 二週間も遅れているが、ついていけるだろうか。

 そこだけが心配ではあるが、努力で補う他ないだろう。


 次の書類は重要な書類らしく、何かの連絡書類のようだった。


「明日の朝は映像魔水晶による、重要なお知らせがあるので見逃さないように……か。じゃあ、早めに寝ないといけないね」


 とはいえ今は夕方。

 寝ようにもさすがに時間が早過ぎるし、何よりお腹が減っている。

 この寮には食堂も存在しているらしいので、そこまで行って食べるのが一番良いんだろうし、これからお世話になる味も気になるけれど。


「場所知らないし、探してる間に迷子になるかも……」


 そもそもここが校舎なのかと勘違いするほど巨大な寮なのだ。

 約五千人が暮らしていると思えば納得なのだが、それにしたって中は広い。

 広いくせに内装はほとんど変化がないからせめて道順を覚えないと確実に迷子になる自信があった。


「ん……?」


 食事をどうするべきか熟考していると、机の横の文字に目が行った。

 簡易食事が欲しい場合はここに手を、と書かれたその下には小さな魔法陣があった。


 言われるがままに手を置く。

 すると、魔法陣が一瞬光ったと思えば机の上に何かが突然現れた。


 それは食事だ。

 お盆の上にはサラダにパン、冷製スープとチーズが乗っている。

 簡易食事とはこういうことか。


「何はともあれ助かった。いただきます」


 簡易食事、という名前にしてはとても美味しい食事であった。

 パンには砂糖がふんだんに使われ、噛むたびに甘さが口に広がっていく。

 サラダもスープも味がしっかりしているし、チーズも意外とお腹にたまる。

 食堂での食事が楽しみだ。


 --


 そして次の朝。

 早めに起きた僕は一通り顔を洗ったり歯を磨いた後、机の前でジッと待っていた。

 すると、机の上に設置された映像魔水晶から映像が空間に投影される。

 エンエムだ。


『勇者候補生の諸君、急な朝の朝礼に応じてくれて感謝する。

 さて、君達がこの勇者学園での生活を始め、約二週間が経過した。同時に、全ての一次試験は昨日を以て終了した。

 充分に英気を養うも良し、多くの授業に出るも良し。好きに時間を使ってくれたまえ。

 しかし、それも一ヶ月後に控える新たな試験までの間だ』


 エンエムの画像が小さくなり、代わりに生徒名簿と思われる表が出現する。


『この勇者学園では、最も効率良く強くなれるシステムを動員し、一、二ヶ月に一回試験を行い、君達の勇者としての素質の向上を図るものだ。励みたまえ。

 次の試験は、コンビネーションと統率力を試すもの。この中からランダムに五人ずつのチームを組む。四人のチームも生まれてしまうが、該当する者らに関しては、試験難易度は低いものと設定する』


 表にある名前が点滅し、同時に光ると思うとその名前が消えていく。

 それを繰り返したところで、僕の名前も遂に消える。

 そして、机の上に紙が出現する。


『君達の手元にチームメンバーを記した紙を送った。これから一ヶ月後の試験当日まではコンビネーションや信頼を高め、是非突破して欲しい。

 もちろん、決闘及び暗殺は許可しているが、校舎での魔術魔法の使用は、原則教室のみで行うように。

 君達の奮闘を願う。ではこれにて朝礼を終了する──』


 プツン、と音が鳴って映像が途切れる。

 随分と物騒なことも言っていた気がするが……。

 だてに殺し合いと公言したわけじゃない、ということだろう。


 兎に角、僕は学校の説明をほとんど受けていないが、どうやら短い期間の間に何度も試験を行うようだ。

 早く勇者にたる人材を育成したい、でも長い目で見てはいられない……ということだろうか。


 それにしても今回は試験内容が発表されなかった。

 その辺りも含めて、チームメンバーと交流して、予想しろということだろう。


「まぁ僕の知識なんてたかが知れてるし、知ってる人はいないと思うけど」


 初めて顔を合わせる同級生達だ。

 昨日は皆まだ授業をしていたし、僕もさっさと寝てしまったから他の候補生には会うことが出来なかったけれど。


 足を引っ張らないように頑張らなきゃな────と、意気込んだところで、


「えっっ!!?」


 紙面の内容に目を開く。

 それはこんな内容だった。


 チームメンバー


 前衛:パック・クルセイダー。


 万能:アヤメ・


 後衛:セキナ・ティックルセント。


 後衛:ティア・


 その他判別不能:エイト・クラールハイト。


 もちろん、僕がどの位置に当たるのか、判別不能と呼ばれた事に驚いているのではない。

 僕が驚いているのは、


「せ、六王族セクターが……二人も、同じチーム……!?」


 龍が住まう大地、ドラグニル皇国を統べるフレイムクラフト家。


 魔術正教の総本山、ユスティティア帝国を統べるブライトハイライト家。


 その両家が同じチームになるなどこの先の展開が掴めない。


 そもそも王国同士が勇者という称号を得る為に、子供を送り出したという話は聞いていたけれど、この約五千人の中で同じチームに選ばれるなんて奇跡、しかもその中に僕がいるという奇跡があるのだろうか……。


「今でも水面下でバチバチに争ってる国同士なのに、連携を取るなんて……。ただでさえ勇者候補生って言うライバル同士で、連携取れるか心配だったのに」


 俄然無理な話じゃないかと、頭を抱えようとしたその時だ。


「す、すいませーん」


 コンコン、と。

 優しく扉を叩く音がした。


 この寮の部屋にはのぞき穴がある。

 それを使ってドア越しに来訪者を見ようとしたが、


「……?」


 そこには誰もいない。


 しかし、続けてコンコンと、扉を叩く音。

 訝しみつつも、ゆっくり扉を開けた。


 そこには、小さな女の子。

 金髪に金の瞳。生徒の証である白い制服に自身の身長の1.5倍程ありそうな杖を持っていた。


 身長が低い僕よりも小さい。

 150センチ、くらいだろうか。

 だからのぞき穴から見えなかったのか。


「あ、朝早くに失礼します。……あの、エイト、さんですよね?」


「は、はい……僕がエイトで間違いないけど……」


 僕の名前を言い当てると少女は嬉しそうに微笑む。

 とても可愛らしいが一体どうして僕の名前を知っているのだろうか。


「あ、ごめんなさい。驚きになられましたよね……。ぼくも自己紹介しないといけませんね」


 ペコリとお辞儀をして、少女はいう。


「ぼく、ティア・。今日から一ヶ月お世話になるチームメイトです」

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