第6話 天空の城
「し……信じられん……」
大広場に集まった教師陣の中での第一声は、誰が言ったか、そんな驚愕のものだった。
ロア・ソイルドットの報告を受け、試験開始から二週間が経った今日。
大広場にて空間の歪みを感知、急行したところ最後の候補者であるデッドリームとエイトを発見した。
その際の教師陣の連携はさすがの一言につき、ロア教師の報告から数分と経たずに広場に集まった。
そして目にしたものに、誰もが驚いた。
確実に一次試験は突破するだろうと予想されていたデッドリームが膝をつき、どこの馬の骨とも知らない平民のような
もちろん、結果に驚いたのも間違いではないがそれよりも。
驚いたのはデッドリームの
とても二メートル越えの巨漢だった者とは思えない程に、痩せ細っている。
丸太のように太かった腕も、熊のように人を威圧した風貌も、見る影もない。
教師の一部は映像魔法水晶で本人の姿を見ていたが、
本人の姿を知らない教師でさえ驚愕する、
枯れて萎んだ果物のようなミイラの姿。
ソレはずっと、うわ言を口にしていた。
「み……ず…………め、めし……み」
ふらつきながらも、最後のプライドが倒れるのだけは許さない。
そんなデッドリームを見て、すぐにエンエムは指示を出す。
「ロア君。今すぐに、医療班に治療を。そして早急に食事を用意しなさい」
「は、はひぃ!!」
バタバタと騒がしくロアは医療班を連れて、彼を連れて行く。
その中で、エンエムは思考する。
──彼の魔法は、何かを犠牲にして他を補う魔法だった。二週間、筋肉や脂肪などを犠牲にし、餓死するのを防いでいた、ということか?
それはあの断片的な状況から判断するには難しい内容だったが、一眼見ただけで看破したのは、さすがエンエムと言ったところか。
しかし、彼でも、
──だが、絵に変える能力で一体どうやって逃げ、敵のみ餓死させたのか?
試験の内容。
結果を齎らした経緯までは推測できなかった。
それというものの、エイトの魔法の欄の記載には、生き物以外を絵に変え、保存する魔法、としかない。
エンエムでも予想出来ないのは、仕方ないと言える。
「あ、あの……」
そして漸く、勝者が口を開いた。
「どうして、皆さん集まってらっしゃるのでしょう……?」
---
現実世界に戻ってきて、まず驚いたのはデッドリームの状態だった。
殺さない、でも負けないと思い僕はズルにも似た戦法を使った。
その所為で、
その結果を全く予想してなかったわけじゃないけれど、気分がいいものじゃないのは確かだ。
デッドリームの根性を甘く見ていた。
正直、もっと早く
それだけ勇者になりたいという気持ちが強かったのだ。
僕は彼の気持ちも背負っていかなければならない。
だから静かに、
「すいません」
と、一人小さく一礼した。
そして次は周りの雰囲気だ。
お祝いムード、というわけではなさそうだし、皆が皆、僕に視線を集めて驚いている。
やっぱりズルめいた戦法が反則だったのだろうか。
「やぁ、エイト・クラールハイト。訊きたい事は山程あるが──まずはあの強者との激闘を経て、勝利を収めた。その健闘を讃えよう」
教師陣の中から現れる、純白のロングコートを着用した焦げ茶髪の男。
見間違えるはずもない。
亡滅のエンエムである。
僕は素早く頭を下げた。
「え、エンエムさん……こ、光栄です」
今試験で感じた彼への不信感。
殺し合いを強要させ、候補生の逃げ場をなくした彼は到底許せないけれど、何もこの人の功績がなくなったわけじゃない。
彼は変わらず勇者に最も近い尊敬出来る教頭なのだ。
或いは何か理由があって今試験を実施したのかも知れない。
「こんなところで話すのもなんだ。最後の通過者だからといって、特典はない。故にこの程度の事しかしてやれないが、私が直々に校内を案内しよう」
エンエムは微笑んでそう言い、腕を広げれば、意図を察した教師達が次々と退いて、校舎までの道を作って行く。
その中にはAAやAAAランクの冒険者、名高い魔法研究者までいる。
エンエムの影響力が窺える光景だった。
それにこの程度の事だなんてとんでもない。
全人類が憧れる存在、最も勇者に近い男エンエムに案内して貰えるのだ。
文句を言えばバチが当たる。
そうして、エンエムについて行く中、奇異の視線に晒される。
居心地の悪さに思わず僕は恐る恐る訊いた。
「あの……どうしてこんなに人が集まっているのでしょうか? 何か僕反則でも使って……」
「ん、いいや。今回の試験において反則はないよ。相手を殺す、降参と言わせる為ならば何をしても構わない。それに空間内は出る事に制限をかけてしまうと外から様子を見る事はできない」
「そ、そうなんですね……。じゃあ、何で……?」
「理由は単純。君がこの試験において二週間と言う長時間の記録を叩き出した、最後の通過者。4898人目の勇者候補生だからさ」
「四千──ッ!? って、な、何でそんなに中途半端な……それに、二週間もですか!?」
「相討ち、もあったと言うことさ。時間は……君も意図したものではないわけか……」
絵になると時間感覚が狂うとはいえ、まさか二週間も経っているとは。
よくその間、デッドリームは耐えたものだと感心するが、一体どうやって二週間も耐えていたのだろうか……。
僕が驚くと、エンエムは微笑んで言った。
「まぁ、試験内容は後日聴かせてもらう。まずは校舎の案内だ。ついてきたまえ」
「はい!」
連れてかれる先は、大広場の先に立つ大きな建物。
壁に囲まれた中にある唯一の建物はどこか収容所にも似たところがある。
そんな閉鎖的な世界に建つ校舎は城のようだった。
玄関で出迎えるのは巨大な階段。
シャンデリアや観葉植物、揃えられる机や陶器はどれも高級なのか輝きが違う。
僕のような平民が見たところで鑑定や違いが分かるわけでもないが、それでもコレが高級感溢れている事は間違いないだろう。
「うわぁ……凄い!」
「驚くのはまだ速い。さ、ここに立つといい」
「これは……転移魔法陣?」
転移魔法陣は二つ以上を連結させて扱う単体では使用できない物だ。
連結させた魔法陣同士で行き来が可能になる、移動がとても便利になる代物だが。
「いったいどこに通じて……」
「君はここが校舎だと思っているようだが、それは違う。ここは寮だ」
「こ、コレが……寮!?」
これだけ豪華な建物が寮とは。
とてもじゃないが信じられない。
後者がこれを凌駕する造りだとしたら、一体どれだけ凄い建物が僕を待ち構えているのだろう。
でももう壁の内側に建物はないはずだけれど……。
「まぁ、行けば分かるさ」
二人で魔法陣に乗り──魔法陣が光り出す。
淡い光に包まれて、浮遊感が地から足を離すと──景色が一変した。
「う、うわぁぁぁっ!! ……ってあれ」
空の上。
何もない宙へと放り出された僕は叫び声を思わずあげたが、身体は落っこちる事はなかった。
何か見えない床にでも立っているかのようだった。
平静を取り戻し、辺りを見回す。
白い雲が海のように広がっている。
真上には何物にも邪魔されず太陽が燦々と輝いている。
そして正面に聳え立つ──天空の城。
「改めて祝福しよう、勇者候補生エイト・クラールハイト。
おめでとう、コレが今日から君の学び舎となる──勇者学園、スカイディアだ」
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