第4話 一週間の謎

 

 一週間後──。


 教頭室は非常に豪奢な作りだった。

 最高級の木材を使用した家具が並び、世界を捜しても見つかるか分からない超貴重書物が本棚には飾られ、マットとして引かれる毛皮もかつて、この部屋の主人が仕留めたS級魔物のものだ。

 貴族の屋敷でしか見かけないような鹿の首まで、壁には飾られていた。


 窓から射す陽光を明かりに、机に積まれた書類を一枚一枚吟味している男エンエム。

 今彼は、職務の真っ最中だった。


 その書類は今回通過した勇者候補生の情報だ。

 彼らの扱える魔術に、魔法。

 体術、知能、その他技能能力など。

 全ての情報が書いてある重要書類。

 更にそこには対戦相手に対してどのような殺し方をしたか、或いは降参と言わせたかの詳細まで記入されていた。


 彼がじっくり試験の調査書類を読む中、弱々しく扉を叩く音。


「どうぞ」


「あ、あのあの、失礼……しまーす……」


「なんだ。また君か、ロア君」


「は、はいぃ……またしても見苦しい顔をお、お見せして、恐縮です……」


 そう言って、開けた扉から少しだけ鼠色の長髪の女が顔を出す。


「しょ、職務中、お、お邪魔して申し訳ありません……。こちらの方で、よ、漸く試験を終了した候補生の、じょ、情報が完全に整理し終わりまして……書類を、持ってきました」


「そうか。ありがとう」


 手渡される追加の書類。

 少しバラバラになっていたり、折れ曲がっていたりする紙が多数あるのを見て、エンエムは目を細めた。


「君……また転んだね?」


「は、はひぃ……す、すいませんんん」


「まぁいい。情報さえしっかり確認できるなら、多少の折れや傷くらいは気にしない」


「そ、それは良かったです……」


 手渡された書類は適当に見流して、机に積まれた山の上に置く。

 まだ読み進めていた調査書類が途中だったからだ。


「そ、それで……エンエムさん的にみ、魅力的な、候補生は、い、いらっしゃいました、か?」


「ん? そうだね。数人は、絞り出せたよ」


 机に積まれた書類の山とは別にして置かれていた書類をロアの前に出す。

 それは合計五枚の候補生の情報紙だった。


「ご、五人……ですか?」


「いや、正確には六王族セクターのご子息達も含まれる。さすがに王族というだけあって、彼らの力は凄まじい。性格に難はあるが、それはここで矯正すればいいだろう」


「へ、へぇ……確かに、せ、六王族セクターの方々も、候補生にいらっしゃいました……ね。でも、入学試験で、こ、殺し合わせるような学園に、なぜ……。あ……試験内容伝えて、な、ないとかですか?」


「その点はもちろん、各国の王には伝えているよ。その上で、彼らはご子息を送り込んで来たのだ。何故かわかるか、ロア君」


「……へっ!? え、えっとぉ」


 突発的な質問に、そもそもあがり症でおどおどしている彼女が答えられるわけがない。

 エンエムはあまりにも想像通りの反応に鼻で笑い、答えを言う。


「……勇者、という言葉にはそれだけ影響力があるのさ。六王国を纏めて統べる事が可能になる程、民衆の指示を得られる。そんな大役に、王族が挑むとなれば、他の王族が黙ってられるわけがない。そうやって芋づる式に王族かれらは釣れる」


「は、はぇ……な、なんとも危険な賭けに、出るものですね……」


「だが彼らはその賭けに一先ずは勝った。一次試験落第者はいないからね。しかし私はこう思う、他の王族が応募しようとも、我慢することこそ、王としての器の大きさだと。どうやら今の時代、為政者として相応しい者は一人もいないようだよ」


 王に対して酷い侮辱の言葉であったが、この世界で“魔王軍の幹部を倒す”という最も功績を出しているエンエムに発言できるものなど限られる。

 だからロアも身体を震わせ、気まずそうに愛想笑いをするくらいしかできない。

 それに聞かれていないなら、悪口として成立もしない。


「そ……そ! そういえばお、お伝えしたい事が、あってわ、私は──」


「失礼しますぞ! 教頭殿!」


 ロアの説明を遮るように、大声と共に闖入ちんにゅうする男。

 恰幅の良い身体付きで、教師の証たる白いコートを着用する顎髭を蓄えた男だった。


「やぁやぁ、教頭殿。ご機嫌うるわしゅう。今回の試験も滞りなく進み、晴天の日々! 我ら人類が魔物に打ち勝つ日々も近しいですな!」


「ええ。カンディル先生も、お元気そうで何より」


 ロアを押し除けて、敬礼をするカンディル。

 ロアはその拍子に転倒してしまうが、エンエムも一瞥するだけで気にはかけなかった。


「ほほぅ。これが今回、エンエム教頭殿が目星をつけてらっしゃる候補生ですか」


「聞いていたのか?」


「いやいや。偶々入る前、耳に入っただけですので」


 そう笑みを交わし、カンディルは書類五枚を手に取り黙読する。

 ふんふんと首肯する姿はわざとらしくも見えたが、


「なるほど! 確かに此奴らであれば勇者に相応しいかもしれませんな! 特にこのバブルス! バブルス・ヴァンヴレードは殺しにおいて右に出る者はいません!」


 飛び出す声音には嬉々とした感情が込められていた。


 バブルス・ヴァンヴレード。

 名家の出ではなく、一般応募で入選した貴族でもない平民だ。

 しかしその経歴は驚くべき異様なものであった。


「若干十五歳にして、百人以上を殺した世界的に有名な連続殺人者シリアルキラー……。しかもこの応募をするまで魔術正教の追っ手を振り切り、返り討ちにさえする始末! 殺しの才能はずば抜け、頭もいい。こういう異常者こそ、勇者には相応しいのでしょうか……」


「素晴らしい人材だ……。殺しの才能があるのなら是非活かしてほしいものだよ」


「しかし……殺人は制約で縛らないのですかな?」


「……この程度で死ぬならば、それはつまり勇者に相応しくなかったと言うことだからね」


 ここで人が幾ら死のうと、全く興味関心がないような低く静かな声音だった。

 カンディルは続けて、


「更にこの人物! 彼も私は気にしていました! えっと、何と読むのか、あ、アンキ……?」


「ショウグン・アンキ。本来の読み方は、暗鬼あんき將琿しょうぐん……のようだ。極東の地からの応募。彼は魔法が面白い」


「なるほど……では、授業を受け持つ時が楽しみですな! 他にも、戦闘技術に秀でたツツリ・ヴィズィオンハート……、魔術正教一の異端アルディ・フォン・シュラークに全てが謎の存在、そーこーまる……? はっはっは! いやはや、本当に面白い人選ですな!」


 カンディルは笑い飛ばす。

 自身が勧めようとしていた人物が全て入っていたからだ。

 皆、考えることは同じということだろう。


「わ、私的にそーこーまるさんが気になりますね……、す、全ての情報が、伏せられている中、名前は極東のもの。あやし、すぎます」


貴女あなたの意見は聞いていませんぞ、ロア女師」


「す、すいません……」


 入室してわざとぶつかったり、あからさまに毛嫌いするような態度を取ったりと、悪意を隠さずぶつけるカンディル。


 強く言えないロアもそのまま黙ってしまうが、エンエムが静かに助け舟を出した。


「そういえば、ロア君。先程貰った最後の調査書類、あれでようやく9998枚なのだが、残り二枚はいつ頃来る予定だろうか」


「あ、そ、そ、その話、なんですけれども……」


「ま、まさか貴様! 落としたのではあるまいな!」


「ひ、ひぇ」


 助け舟は寧ろ火に油を注いでしまった。

 カンディルはロアに詰め寄り、ロアは目を回している。

 エンエムはやれやれと首を振りながら、


「そう怒ってばかりだと寿命が縮むぞ。カンディル先生」


「む、むぅ」


「さ、先ほど言い掛けた、ことでして……」


 手渡されるのは二枚の紙だ。

 それをエンエムは一瞥する。


「ふむ……二枚の、候補生の情報紙だね。コレがどうかしたのかい?」


「実は……その、言いにくいのですけれど」


 ロアが言いにくそうにしていると、机を思い切り叩いてカンディルは言う。


「さっさと言わんか! ダメ女めが!」


「ひ、ひいっ!!? す、すいま、すいません……じ、実はこの二人だけまだ帰還していないのです!!」


「なに……?」


 候補生を閉じ込めた空間魔法は制約と共に定めた強固なものだ。

 絶対に解除はされない。

 少なくとも解除出来るような能力者がいれば手を打っている。


 そしてこの二人にはそういった能力はもちろんない。


「一方は有名、もう一方は無名……この対戦カードで一週間も続いているのか?」


「そうみたい、です。どうやら、その二人はまだ、戦い続けているよう、です」


 ロアの言葉を受けて、エンエムはもう一度書類に目を通す。

 一人はよく知っている候補生だ。

 必ず一次予選を通過すると踏んでいた一人。


 しかしもう一人は名も知らない。

 能力も、知能も平均程度であり、書類審査さえなぜ通ったのか不思議な程。

 だか何より不思議なのは一つの項目──魔力適正0の文字。

 それはつまり、魔法以外の魔術を一切持たない。

 ただ活用出来るのは己の肉体と技術と魔法だけ。


 しかも唯一頼みの魔法も奇怪なもの。

 戦闘に直接使えなければ、応用も考えにくい使用用途に困るたぐいの魔法だ。

 その内容は最大三つまで──生物以外を絵にして保存する魔法。


「この魔法でどうやって……」


 一週間も敵から逃げているのか方法が分からない。


 その候補生の名は

 二人は一週間経つ現在、まだあの戦場もりにいた。

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