第3話 子供ばかり

 

「あ、あのぉ、エンエムさん……」


 鉄山皇国。

 その国を統べるのは、世界の版図を統べる六王族セクターの一つであるアイアンドットだ。

 山岳地帯に囲まれており、様々な鉱石を掘削し武器や防具などを多く産出している国家。


 その城下町すぐ横に建設された、壁に囲まれた建物こそ“魔術正教勇者育成機関総支部”通常勇者学園。

 城壁に勝るとも劣らない壁は入る者を拒絶し、出て行こうとするものを閉じ込める一種の監獄とも言えよう。


 中から、入り口にあたる三メートル越えの鉄門を見上げるエンエム。

 焦げ茶色の前髪を上げ、教頭の証であるロングコートのような白い制服を着ている。


 と、もう一人。


 非常に弱々しそうな女だった。

 教師の証である白いコートを着用し、眼鏡をかけている。

 茶髪が主流のこの世界で、珍しい鼠色の長髪の女。


「あのぉ、エン……エンエム、エンエムさん!」


「もちろん、聞こえているよ。ロアくん。ロア・ソイルドットくん。一体、どうしたんだい?」


 鼠色の髪色はアイアンドットの家系である証明だが、この女は落とし子である。

 故に、名をロア・と呼んだ。


「い、いや……その、お、おき、お聞きしたい事が」


 それはもう弱々しいというより、恐怖を感じているようだった。

 エンエムが視線を合わせれば、サッと手に持つ書類で視線を切る。

 身体も小動物のように震えていた。


「な、なぜ……、こ、コロシアイ……を、させる必要があったのか……わ、私にはわかりません……」


「なるほど。もっともな意見だね」


 オドオドするロア教師を前に、エンエムは気にせずにこやかに答えた。


「先も言った通り。私は慈悲を持った友人をいくさで亡くしている。瀕死の敵を、故意的に生かしたんだ。別に、命乞いをしたわけでもないのに。結果は知っての通りさ」


「そ、それは……ご、ご冥福を祈らせていただきます……」


「ありがとう。しかし、その必要はないよ」


「え……?」


 踵を返し、エンエムは言う。


「彼が死んだのは必然だ。敵を前にして懸ける情けなど、物乞いに与える端金はしたがね程の価値もない」


「そんな……」


「だからこそ、ある程度の残虐性を持つ試験を実施したのだ……見たまえ。早速、通過者が出てきたようだ」


「──え、ま、まだ十分も経ってませんよ!?」


 空間が、歪む。

 門の先に広がる大広場。

 一つの町ですらすっぽりと入る程、巨大な何もない空間だ。

 そこに候補生を集めて、最初の演説じみた挨拶をしていたわけだが。


「つまり、それほど有望ということさ」


 大広場の歪みから現れるのは、二人の人間だ。

 一人は原型をなくした黒焦げの死体。

 現れたと同時に地に倒れピクリとも動かない。


 そしてそれをしたもう一人。

 細剣レイピアを腰にき、豪奢な装いを身に纏う赤髪の女。


「……なるほど。君程の実力者であれば、他の者では追いつけないのも納得だ。

 ──アヤメ・フレイムクラフト」


 フレイムクラフト。

 アイアンドットと同じく、六王国の一つであるドラグニル皇国を統べる王族である。

 フレイムクラフトの名に加え、燃え盛る炎のような赤い髪に紅蓮の瞳は即ち、王と正妻との子供の証だ。


「へぇ。私が最初なんだ。案外、ここもレベルが低いのね」


 アヤメは髪を靡かせ、鼻を鳴らす。

 第一印象から随分と傲慢な娘だと、エンエムは思った。


「君が優秀すぎるだけだよ。なるべく見合う候補生を用意したつもりだったが……不服なようだ」


「アレが私に見合うって思われてたんなら心外よ。六王族セクターが無理でも、それに準ずる奴じゃないと。それともこれで、勇者としての素養は認めてもらえたのかしら」


「そうだな。コロシアイを要求され、即座に実行する行動力に関しては、評価させてもらおう」


 エンエムが答えると満足そうに笑って、校舎に向かって、アヤメは歩き始める。


「じゃ、一足先に学園に入らせてもらうわ」


「入ると案内役の教師が君につく。それに従い、寮まで案内してもらうといい」


 そんなエンエムの心遣いも手のひらを、ひらひらとふるだけで返した。

 ロア教師は思わず顔を歪ませた。


「あ、あんな……エンエムさ、んに失礼な態度を……」


「構わないよ。いずれ、勇者が生まれるのであれば、この程度の屈辱、幾らでも受け止めよう」


 エンエムとロアも校舎に向かって歩き始める。

 大広場では徐々に空間の歪みが現れ始め、第二、第三の通過者が出現していた。


「ん……?」


 続々と生まれる通過者の案内にと歩を進めたエンエムだが、アヤメが殺した筈の焼死体の横で停止する。


「……っ……ぁ……」


 ──息がある。降参させていた、のか。


 もちろん、今回の試験。

 降参と言わせれば勝ちだが、そもそも相当な倍率をくぐってこの試験にまで辿り着いた猛者ばかりである。

 降参の宣言をさせるより、殺した方が早いのは自明の理。

 これだけ見事に、死体と見間違える程の熱量を操作するくらいなら、一息に焼き殺した方が楽な筈なのに。

 それを行わないと言うことは──


「……彼女も子供というわけだね」


「え、エンエムさん……? な、なに、かおっしゃら、れまし……」


「私の事より、まだそいつは息がある。他にも息がある候補生がいるだろう。さっさと救助班に連絡をとりたまえ」


「は、はひぃ!!」


 ロア教師は敬礼し、涙目になりながら救助班に指令を出しに走っていった。

 途中転んで書類をばら撒いているところを見ると、相当なドジっ娘なようだが、エンエムは気にも留めない。

 彼が興味あるのはこれから先やってくる通過者だけだった。

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