第2話 絶望の選択

 

「は……? なんて……言ったんだ?」


 思わず口から溢れる、飲み込めない事実への反感の言葉。

 

 思考回路は正常に機能している。

 そう、問題は僕ではなく、エンエムの言葉にあったのだ。

 何を彼が言ったのか、理解出来ずに呆然とする。

 いや、それは僕だけではない。

 周囲の人々も等しく、動揺を見せていた。


『敵には女、子供もいる。いざと言う時に、迷わず判断できる存在でなければならない。私の友はくだらない情にほだされ、慢心し、優しさという毒に侵されて死んだ』


 だが語るエンエムの言葉は本気だ。

 今、彼は本気で僕達に殺し合いを強要させようとしている。


『勇者に優しさは要らない。必要なのは絶対的な存在。凡ゆる敵を倒し、全ての人間を救済する存在だ。例え敵が全て子供だとしても、鏖殺おうさつ出来るだけの強靭な心を持ち合わせていなければ勇者になど、なれやしない』


 彼の言葉を真に理解出来ないわけではない。

 でもそれが、僕の信じる勇者とかけ離れている事は事実だった。

 人を殺して勝ち上がった先にある勝者の椅子が、勇者という称号とのたまうならば、そんなものは欲しくない。


『だが、救済措置も用意している。降参、とどちらかが言った場合のみ空間魔法を解除しよう』


 それはつまり、人を殺さずとも戦いを回避する方法の提示という事だろうか?

 であれば、ある意味僕は安心する。

 試験開始直後に、すぐ降参って言えば僕が抱える問題は解決する。

 他人の戦いを止められる程の力がないのは口惜しいが、人を殺してまで手に入れたい称号ではない。

 勇者になる道は別の道を探していけば、それで──


『しかしその場合、降参した人間から魔臓を抜き取らせてもらうがね。それが、君達が勇者から逃げる場合のリスクだ』


 その言葉に、周囲が再びざわつき出した。

 魔臓は人体にある内臓であり、魔の源だ。それを抜き取られた人間は今後人生において魔法魔術の使用は出来ない。


 魔法魔術は日常生活に於いて、必需能力と言える。

 火を付けるにも、水を出すにも、攻め来る魔物から身を守るにも、魔素マナを生み出す魔臓が無ければ、魔法魔術はおろか、魔素マナを使用して扱う魔術道具すらも使用不可能だ。


 淡々と語られる事実は僕ら、勇者候補生達を逃げ場のない袋小路へと追い詰めたも同然だった。


 人を殺せば勇者にはなれる。

 しかしそれは僕の誇りを裏切る行為だ。


 だが魔臓を失えば、勇者になれないどころか生活すら危うくなる。

 今後人生を幸せに過ごせるとは思わない方がいいだろう。


 更に付け加えるならば、この降参した場合のリスクは僕よりも他の候補者達に深く刺さるはずだ。

 皆が皆、貴族や高貴で裕福な人達。

 そしてその才能・・を認められて学園に入学した人達なのだ。

 自ら培ってきた力を、自身をその地位に押し留める力を捨てるとは思えない。


『では今から君達を、教師が用意した固有空間へと飛ばさせてもらう。

 そこにはランダムに選出された戦場と対戦相手がいるはずだ。その空間での生命は二つしか存在できない。つまりどちらか一方の反応が消えた時点で、空間魔法は消失する。

 勇者になりたいと言うのなら』


 あまりにも異様だった。

 女であろうと、子供であろうと殺せと。

 そう命じる、エンエムが正常とは思えない。

 しかも、試験退場リタイヤのリスクがあまりに大きすぎる。

 一体何を考えての試験だと言うのか。


 僕が凡人、だからなのだろうか。

 勇者の資質が無いからなのだろうか。

 彼の言うことを間違いだと考えるのは。


『相手を殺せ。それ以外の方法では絶対に出られない』


 言い聞かせるように、エンエムは言いきった。

 生徒達の喧騒が激しくなろうとする中、エンエムは続けて、


『では健闘を祈る。次、君達に会う時は、一皮むけていることだろう──』


 言葉を最後に視界は暗転した。

 本当に一瞬の出来事だ。

 飛びかけた意識を連れ戻し、背中に感じた冷たい感触に飛び起きた。


「────っ!? こ、ここは……一体……」


 そこは森。

 高さ五メートル前後の木々が立ち並ぶ森だった。

 適度に下生えもあり、上を見上げれば青い空も見える。

 一見、普通の豊かな森林だ。

 故郷でよく遊んだ森を思い出させる懐かしい場所。

 にも関わらずここを異質と感じるのは──生き物の気配を感じないからだろう。


 獣の息遣いも、鳥のさえずりも、虫の羽音でさえも、何一つ聞こえない。

 閑散とした森は、あまりにも殺風景。

 考えてみれば故郷の森とは比べるべくもなかった。

 故郷の森は活き活きとしているのに、この森は死んでいる。


 ここがエンエムさんの言う空間、だからなのだろう。

 この森が僕に用意された戦場ステージであり、殺し合いの舞台ならば必ず──


「あー、かったりぃなぁ」


 同級生てきもいる。

 聞こえた先は数十メートル先。

 森という視界が悪い環境の中、何とか視認出来たのは大男だった。


 下生えに身を隠しつつ観察する。


 身長は二メートル程。

 盛り上がる筋肉に丸太のような腕は岩さえ砕いてしまいそう。

 古傷がついた凶悪な顔つきはとても同年代には思えない。


「聞こえてんだろう! 俺がお前の対戦相手だ! 名前はデッドリーム。それなりに名が通った冒険者だ!」


 デッドリーム。

 名前くらいは聞いた事がある。

 確か元山賊だったが、四十七人の仲間を殺して冒険者になったとか言うヤバい奴。


「だからよぉ。さっさと降参して欲しいんだだわ。無駄な殺し合いなんていらねぇだろ。どうせ俺が勝つんだから…………っとぉ」


 あ。

 マズイ。


「おお、おお。可哀想に震える子羊がいるじゃねぇの……こりゃ嫌らしい人選だなぁ」


 目が、あってしまった。

 嫌らしく歪んでいく笑みは、生理的悪寒を齎す。

 足腰が、震えて動かない。


「ま、天国で俺の華々しい勇者道、応援してくれや」


 巨漢が草根を掻き分けてやって来る。


 ──動け、動けよ、僕の足!!


 並び立つ木も巨漢の前では自然のバリケードにすらならない。

 片手を添えるだけでへし折っていくその力は相当なもの。

 このまま動かなければ僕は確実に死ぬだろう。

 そんな結末は、嫌だ。


「死ぬ、という選択肢は僕にはない!」


 木の枝に捕まって、無理矢理足を立たせる。

 敵は少しずつ迫ってきている。諦めるつもりは毛頭ない。

 だから、走って逃げた。


「……はぁ、追いかけっこは趣味じゃねぇんだけどなぁ」


 そんな嘆息めいた独り言と共に、背筋を凍らせる舌舐めずりが背後から聞こえた。

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