魔力適性ゼロの勇者候補生

UMA20

第1話 囁かれる絶望の宣言


 この世界の生命には魔法と魔術と呼ばれる力が備わっていた。

 魔法はただ一人が使える固有の能力。

 類似する物あれど同じ物は一つとしてない。

 世界の約半分しか魔法所持者はいないとされる。


 では魔術は何か。

 それは誰もが扱える能力だ。

 火を出し、水を生み、風を巻き起こし、土を盛り上げる。

 火、水、風、土、闇、光、無と七つある属性の適性により、人は覚える魔術を選択する。

 ここばかりは検査をするまで分からない。

 人によっては、炎が出せるようになりたいと願う人間もいただろう。


 しかしこの世には、何故か誰もが扱える筈の魔術を一つも・・・、扱えない人間がいる。

 魔力適性ゼロ──それは生まれながらにして、人から差別を受ける運命を背負わされた、烙印らくいんであった。



 ---



 鼓動がうるさい。

 手の震えが止まらない。

 顔が火照って、熱苦しい。


 体調はすこぶる不良。

 しかし気分は、高騰としている。


 僕──エイト・クラールハイトの身体を包む熱気はこの環境によるものだ。


 城壁に勝るとも劣らない壁に囲まれた大広場。

 そこに約一万人の人間が集まり、列をなしている。

 僕は今、世紀の瞬間に立ち会っているのだ。


『君達が今日この場に来てくれた事を、私は嬉しく思う』


 遠い声。

 一万人の群衆の先で、姿も朧げになる程遠い壇上から男の声が響き渡る。

 拡声の魔術を通しながらも分かる、とても静かで優しい声音だが、それでいて厳格さを内包した緊張させる声だった。

 巨大な建物が男の後ろに聳え立ち、彼の偉大さを知らしめているようにも見える。


『私の名前はエンエム。ここで、今日から君達を担当する教師の一人であり、教師を統括する教頭だ。

 歳は28と若いが“亡滅のエンエム”と聞けば……自分らに相応しい教師だと、認識してもらえるだろう』


 しかし、実際に偉大だ。

 亡滅のエンエムと言えば、冒険者階級最上位のSS級の資格を持ち、中でも最上の称号“守護者ダムナー”を有する唯一の人間。

 魔王軍幹部を一人倒し、三千の魔物の大群から一つの都市を守りきったと言われる逸話はあまりにも有名だ。


 今、世界で最も勇者に近い男と呼ばれている。


 周囲はそのエンエムに巡り合えた事に、驚きざわつき始める。


『では諸君らに問う。

 ──勇者とは、なんだ』


 誰もが尊敬するエンエムの真剣な問いに、波立つ喧騒が波紋一つない水面のように、一瞬で静まり返る。

 同時、肌がピリつくような緊張感に、空気が張り詰めた。


『絶大な力を持つ者か。

 或いは類稀なる才能を持つ者、

 卓越した技術を会得した者、

 世界の真理に至る叡智を手にした者、

 果ては周囲全ての強者を先導する事が出来る者か────否っ!! 

 其れ等がどれだけ高みに至ろうとも、勇者になり得ない!!』


 今までの優しい声音から一変する。

 語気は強く、怒り叫ぶように演説する。

 それは拡声による離れた場所での語り掛けの筈なのに、まるで眼前で説得されているような圧力を感じ、唾を飲んだ。


『勇者たる者、それは全能であるべきだ! 

 絶大な力を類稀なる才能で活かし、洗練された技術と蓄えた叡智を以て敵を凌駕する。

 そして個でなく全としても力を発揮出来るカリスマ性! この全てを有してこそ、人は勇者たり得るのだ!!』


 エンエムが拳を突き上げる。

 周囲は賛同するように雄叫びを上げた。

 足を踏み鳴らし、腕を上げ、咆哮する。

 第三者から見れば、野蛮人の集会と思われてもおかしくない熱狂。

 だがそれくらい、彼の話には共感でき、夢があった。


 最も勇者に近い男による演説。

 それはある意味、集団催眠にも近い効果があるのかもしれない。


『三千の敵を滅ぼした私でさえ足りない! 

 私は才能ではなく努力で勝ち上がった人間だったからだ! 

 それではいけない……全人類を魔王の手から救済するには、更に才能という力がなくてはいけない……その為の、君達だ!!』


 現最強が熱弁する。

 世界を救うのは君達だと。

 名を残すのは君達だと。

 正義の味方になれと、そう語り掛ける。


 自分達が希望になるのだと、そう願ってここに来た強敵ライバル達。

 足踏みはリズムを刻み、バラバラだった意思は統一を始め、そして。

 高まる熱狂と共に、誓いの言葉を叫ぶ。


「「「栄光は我らにグローリア・マグス!」」」


『古今東西から凡ゆるエキスパートを召集した! 

 最高の魔術師、

 最高の策士、

 最高の鍛治師に、

 最高の守護者ダムナー! 

 今、この世界にここよりも安全で、強者が集まる空間などないと断言しよう!!』


「「「至上こそ我らにケルサス・マグス!!」」」


『ここは世界初の勇者育成の学園だ!

 才能がないなら作ればいい。

 努力が足りないなら重ねればいい。

 知識がないなら積めばいい。

 ここには全てがある! 君達が疑問に感じ、生を謳歌してきたこの十年全てを肯定し、否定する全てが!』


「「「正義は我らにユスティティア・マグス!!!」」」


 熱は最高潮。

 いつの間にか、頭からバケツで水をかぶったように汗だくになっていた。

 新調した純白の制服だと言うのに、汗でベタつくのは好ましくないが──そんな事より、期待に心臓が胸を突き破り、飛び出しそうだった。


 僕では想像も出来ない生活。

 学校はそもそも貴族や高貴で裕福な人のみが通えるものだ。

 現存する全ての学校の頂点に立つ、勇者学園に通えるなど、想像もしていなかった。

 勇者になりたくて、正義の味方になりたくてダメ元で応募した。

 初めての試みに選ばれる人間は名高い人達ばかりだ。

 それを考えると身震いする。


 僕はこれから勇者になる為に、多くの優秀な人達と努力を重ねて行ける事実に。

 感動して、全身の細胞が顫動せんどうする。


 今はまだ春になる前だというのに、周囲の温度は夏とそう変わらない。

 それ程に、皆の思いが熱いのだ。

 空気を通じて、空間を通じて彼らの想いが伝わってくるようだ。


 俺こそ、私こそが、

 勇者になって見せると。


 だがその熱も、


『ではそんな栄光を手にする君達に、抜き打ちの試験を受けてもらおう』


 囁かれる衝撃の言葉に再び沈静した。

 気持ち悪い程の静寂が大広場を包む。


 音が消え、残ったのは己の早まる鼓動。

 しかしなぜだろうか。

 先程の問いとは違い、エンエムの静かな声色に対し、底知れない厭気いやきを感じるのは。


『魔術正教勇者育成機関総支部。通称、勇者学園。

 厳正な書類審査を通り、遠路遥々やって来た総勢1万の原石達よ。

 もう既に君達は、勇者選別の坩堝るつぼの中に放り込まれたのだ。

 たった一つの猛毒を作り出す蠱毒のようにね……。

 真に厳しいのはこれからだ。もう、既に戦いは始まっている』


 ゴクリと、生唾を飲む。

 きっと僕だけではない。

 張り詰めた空気が更に緊張感を増していく。


『故に、君達に課す試練とは──』


 不安や劣等感。

 様々なものが僕の心に押し寄せて潰していく。

 それでも、勇者になりたい気持ちは誰にも負けない。

 だからこの試験で僕は必ず合格して勇者学園に入ってみせる────と、


 そう意気込んで、


『2人1組での、コロシアイだ』


 エンエムの言葉に絶望した。

 正義の味方に憧れた勇者の子供に課されるのは、その子供達による殺し合いだったのだから。

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