薔薇色の血

 暗闇の山の中を走り抜ける一台の馬車


「はぁはぁ……なぜ俺たちを助けた?」

「契約です。あなた方の王と契約しました」

「けい、やくだと?……なんの?」

「それ以上は言いません、あなた方を届けるのが契約です」

「そう……か……」

「あなたは殴りだけで済みましたがもう一人はかなりの重症です。なので急ぎます」


 ヘリルに拷問されていた男性は最初の殴りだけで済んだがもう一人の方は指を何本か握りつぶされていて未だに気を失っている状態だった。


「ーーーーウール、そこまでです」

「なっ!?」


 瞬間、馬の首が跳ね飛ばされ馬車は横転して止まった。

 男性二人は荷台から大きく飛んだが傍の茂みに身を隠す、ウールは身を翻してすぐさま戦闘態勢に入る、すると正面からサラニアが現れる。


「サラ。邪魔するな」

「邪魔?何言ってる、お前はご主人様を裏切ったんだぞ、タダで済むとは思ってないよな」

「悪いけど戻るつもりはない」

「そう、こっちも悪いけどお前を戻すつもりはない」


 ウールは一本のハンマーを取り出す、対してサラニアは持ってきた包丁を取り出す。


「相変わらず鈍器使うんだな」

「潜入において痛覚と同時に眠らせた方が危険度は低い」

「だろうな、けど一撃必殺って知ってるか、よっ!」


 サラニアは包丁を投げる、ウールはハンマーで弾くがその包丁の後に死角を突いたフォークが眼球目掛けて飛んできたがギリギリ避ける。


「それは二撃だサラ」

「バーカ、三撃目だよウール」


 するとウールが避けた先に両肩にナイフが突き刺さる。


「……ぐっ……」

「どうするウール。僕はあくまでお前を殺したくない。今ここで理由を話せば身柄を拘束だけにするよ」

「へぇ、サラあんた甘くなったわね。その右目忘れたとは言わせないよ、私たちはあの中央支部の実験体だったけどご主人様に救われた、だけどそれは拾われただけ、救われてない」

「そんな昔の話を引き出すの?つまらないよ」

「サラ。聞いて私たちはこのままでいいの?」

「別に、僕達はご主人様に助けられた。その恩返しに仕えてる、救われてない?それはウールの独り言では?」

「独り言じゃない、私は諜報として他の国を多く見てるから分かるの、確かに中央支部がやっていることは許されない、けどあの国はあまりにも狭過ぎる。もっと広い国がいいのよ」

「……ウール」


 サラニアはウールの言葉に軽く頷くがそれでも動くことはなかった。


「かしこまりました。ウールあなたはこれより敵と見なし適正抹殺対象として貴女をここで殺します。僕とウールは同い年であり、最も親しい仲でしたが致し方がありません、この決意は変わることはありません、僕はすでにご主人様に忠誠を誓った身そしてそれを背くことは許されない」


 フォークを手に持ち右目の眼帯を取ると新緑に輝くエメラルド色の瞳が現れる。


「本気ということだねサラ」

「そうだよ、だからサヨナラだねウール」

「悪いけど負けるつもりはないから」

「そう…、じゃあバイバイ」


 サラニアは数十本は超えるだろうフォークを一度に投げる。しかしウールはいとも容易くフォークをハンマーで振り払う。


「やはり自己強化は手にある内だけね」

「……そのハンマー叩き割る」


 距離を詰めるサラニア、そしてフォークの次はスプーンを一本だけ持ち目玉を狙うがウールは止める。


「危ないわね、目玉くり抜かないでくれる?」

「いちいち五月蝿い」


 もう一本スプーンを取り出してまた目玉を狙うが次はスプーンではなくサラニアの腕を狙い骨を折る勢いで腕を叩くとスプーンの軌道は上手く逸れた。


「サラはやっぱ前線で戦うべきだと思うな」

「あいにく僕は本と葉巻が吸えればいい」


 しかし、ハンマーで叩かれた腕は不思議と腫れてもなく折れてもいなかった。しかし驚くこともなくウールは次の攻撃に移る。コメカミを狙うがスプーンで防ぐ、しかしそのまま折れて直撃するかに思えたがスプーン一本でハンマーの打撃を防いだ。


「武器が食器に負けるなんて本当に笑えるわ」

「食器が簡単に折れたら使い物にはならないよウール」

「いやいやミリ単位も曲がらない食器とかありえないから」


 頭蓋骨を割る勢いで振ったはずのウールのハンマーはたった一本のスプーンで防ぐなんて当然ありえないことだった。

 それにはサラニアが持つ棘があった。


「じゃあこれならどう!」


 ハンマーの柄の部分に仕込んだ小さなアイスピックを取り出してサラニアの右目を狙う。

 だが、そのアイスピックをサラニアはフォークの間に通したと同時に捻りアイスピックを折る。


「無理だよ、僕の持つ食器には勝てない」

「あ〜、やっぱり?」


 ウールはサラニアの持つ棘を知っていたがそれでも攻撃を続けていた、そしてアイスピックを折られた瞬間に一瞬だけ気を抜いてしまった。

 それを見逃さなかったサラニア。


「一瞬の隙を見せてはいけない、メイドの基本だよ」

「ーーッ!!」


 サラニアはウールから折ったアイスピックの先っぽを取りウールの首元に刺した。

 動脈に刺さったアイスピックの先っぽにウールは急いでアイスピックごと首元を抑えて下がると血を吐いた。


「かはっ……」

「暗殺のし過ぎで対人戦闘能力落ちてるよ、そんな事も気づかないなんてメイド失格」

「は、は……、まさかサラに負けるなんて……」

「謝りたいけど裏切り者に謝る義理はない。ウール、最初の攻撃で負けは決まっていたんだ」

「ああそうね……サラは長引くことが嫌いだったわよね」

「別に僕は本が読みたいだけ、それでなぜ裏切ったの?いや聞きたくないわ」


 サラニアは面倒くさくなりいつか出血多量で死ぬと分かっているウールをそのままにして帰ろうとする。


「……サラ。ひとつだけ言っとくわ。外を見なさい、あの国は狭すぎる……これは姉としての最後の言葉……よ……」


 その場に倒れるウール、そして抑える力が無くなり首から血が溢れ出して血溜まりが広がる。サラニアはそれを見て葉巻を吸い始める。


「…………偽姉妹ぎしまいだろ。まぁでも姉の言葉だ、それだけは仕事とは別件だから調べてやるよ。ネェさん」


 ウールの死を見届ける。茂みに隠れていた男性二人は既に居なくなっておりサラニアは追いかける気力は無く国へと帰った。


「ーーうーす、仕事終わりました〜」


 サリウスの部屋に入るなりサラニアはすぐに報告してそしてすぐに出ようとするとサリウスは止めた。


「サラニア。どうだった?」

「ん?まぁ簡単に殺しましたよ」

「だろうな。お前には他とは違う戦闘能力を秘めてるからな。近接戦で隣に出るのはヘリルぐらいだろうな」

「ヘリルさんっすか、まぁそうっすね……。ところでそのヘリルさんが見当たらないけど?」

だ。正直サラニアに任せてもよかったがどうせ面倒臭いというだろ」

「そうっすね、じゃあ戻っても?」

「ああご苦労さま、褒美は必要か?今回の仕事はそれなりに心は苦しかったとは思うがそれなりに用意するぞ」

「んいや、別にそこまではではないっす…、あ。そしたらひとつ聞いてもいいっすか?」

「なんだ?」

「この国は狭いですか?」

「…………悪くない質問だな、そうだな答えるのなら見た目は狭いかもな。けど恐らくだがウールが思っていたよりは狭くない。それが褒美でいいのか?」

「なんだ知っていたんすか?」

「いやマガツリアから聞いた、元々はあの女の遺伝子を引き継いでるから裏切ったことも考えてることも全て理解しているからな」

「おっそろしい女っすね」

「まぁな、それで褒美はそのつまらない質問だけでいいのか?」

「あ〜〜、それじゃあ極上の葉巻をお願いしてもいいっすか?」

「はは、遠慮がないな。分かった、お疲れ様サラニア」

「ありがとうございます。ご主人様」


 サラニアは頭を軽く下げたあと部屋を出て行った。

 その頃、ヘリルは一人でマヘストロ国へと向かっていた。

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