メイド長の失態

 サリウスは他の国を偵察に向かわせたウールが帰ってきたためウールがこれまでの偵察結果を記したノートを見ていた。


「他の国が攻めてこない理由はおおよそ分かった、まぁでも慌てることはないし、こちらから攻める必要もない。ほんの少し休暇にするか」


 ノートを閉じて待機していたヘリルに命じる。


「はい。ですが休暇というのは具体的に何をなさいますか?」

「ん?そんなの自由でいいぞ、いつも掃除や庭の手入れはしてもらっているからやらなくてもいい、ただまた勝手に侵入してくる奴がいるかもしれないからそいつ等は抹殺もしくは有益な情報が得られる場合は捕縛とそこら辺はメイド長であるヘリルに任せる。それと明日は重要なお客様が来るが特に気にするな」

「かしこまりました。ご主人様」


 ヘリルはサリウスの部屋をあとにして一人一人のメイド達と会い休暇の事を伝えた。

 次の日、メイド達はそれぞれの場所で時間を過ごしていた。ヘリルはメイド服に着替え支度する。


「休暇中ならば一日無駄に過ごしても平気でしょう、それに二人居ますからもう一人はアリエルにお願いしましょうか」


 ヘリルはまだ寝ているアリエルを叩き起して支度させると地下室へと向かう。


「ヘリル〜、今日は休暇だよ。寝ていてもいいじゃん」

「休暇中でも仕事はします。それに今回はアリエルにもう一人の方をお願いします」

「もう一人?ああ、例のお客様か」

「いいですかアリエル。あくまでお話を聞くだけです」

「かしこまり、メイド長」


 地下室にはあまり使われない部屋がいくつも存在する、そのため湿気と埃が積み重なり誰も立ち入ることはないがとある事情で使われることがある。

 それは拷問部屋だった。


「おはようございます。お客様」

「………てめぇ……ぜったいに、殺す……」


 部屋の中央に椅子に縛り付けられた男性が衰弱した状態で居た。

 その男性は前にこの豪邸に忍び込んできた侵入者であり、ヘリルによって気絶させられここ数週間はヘリルによって全て管理されていた。

 もう一人の方も違う部屋で同じ状態で管理していた。


「今日は本格的に尋問を始めます」

「おれは……なにも、いわねぇよ……」

「そう言うと思いましてこちらもそれなりに準備はしてますので、早めに喋っていただければありがたいのですが」


 ヘリルは部屋の隅に設置してある布を被せた机から布を取るとそこにはハサミやナイフといった痛めつけるような道具の他に注射器や長短の針など見るだけで痛々しい道具が多数あった。


「私はあくまで穏便に話をしようと思います、なので聞きます。貴方達はどこの国の者ですか?」

「…………」


 男性は黙ったまま俯く、ヘリルはエプロンを取り畳み机の上に置き、ゴム手袋を付ける。


「答えないのですか?」

「………バカが……」

「分かりました、まずは軽くいきます」


 ヘリルは男性を殴る。殴る威力は女性とは思えないほど強力で男性の歯が数本吹き飛び口から血を流す。しかしそれでも男性は無口のままだった。


「出来れば私は手早く終わらしたいので如何なさいますか?」

「クソ……やろう……」

「別に私に罵声を浴びせた所で何も変わりません、ですがご主人様の敷地内を何も許可なしに侵入した時点で許すつもりはございませんので」

「ふん…こっちも何も言うつもりはない」

「そうですか、では……」

「ーーメイド長」

「はい?」


 突然、部屋に入ってきたのはサラニアだった。サラニアはパーカー姿で葉巻を咥えたままドアの出入口に寄りかかっていた。


「何のご用ですかサラニア。今日は休暇ですよ」

「いやぁ、見ていて甘いなと思っていたからさぁ……」

「甘くて結構です、しかしサラニア貴女がここに来るのは珍しいですね」

「ん〜、気分転換。それにご主人様の重要なお客様が到着したらしいよ」

「重要なお客様、あの方ですね。かしこまりました、それではサラニアお願いできますか?」

「りょ〜」


 ヘリルは手袋を外してエプロンを持ちサラニアと入れ替わるようにして部屋を出ていき地下室から出る。


「おそらくあの方で間違いないかと…」


 エプロンをつけ直してサリウスの部屋に向かう。

 その頃、サリウスの部屋では一人の物静か和服を着た女性とサリウスが対話していた。


「ウールの持ち帰った情報だ、これならどれくらい中央支部を切り崩せる」

「ウールちゃんからですか?ふ〜む……、精々二割強ですわ」

「二割強か、マガツリア女王から見てもその程度か」

「女王なんてそんな堅苦しいのは止めましょうサリウス」

「貴女がそう仰るのであればマガツリア」


 マガツリアと呼ばれる女性はサリウスにとって苦手な仲間であるが力はそれなりに持っていた。


「気にする事ではないですわ。それで呼んだ理由は?」

「今の状況を詳しく聞きたい、ウールの情報も照らし合わせに」

「そないならお兄様に頼めばよろしいのでは?」

「マガツリアなら元老会を最も監視してもらっている立場だ、そして何より裏取引には関わっていないから例えバレたとしても俺にデメリットはない」

「ほう……それはウチを捨て駒と呼んでいると考えても?」

「いやマガツリアの国は長寿大国だ、生きる術は他よりも多く深い。だからこそ聞きたい」

「あのなぁサリウス、ウチらは長寿だからこそキミの目的や裏取引のルートや中央支部のしてることはよーく知っとる。だがなぁ履き違えるではない。ウチらは危ない橋の渡り方を知っているから長寿なんや、だがキミの言うその危ない橋は誰も渡らん、そりゃあ危ないから渡らん」


 笑顔のマガツリアだがその笑顔は相手を畏怖させる程の恐ろしさを感じさせる、サリウスが苦手な理由はそれだった。マガツリアは長寿だからこそサリウスの弱点を知っている、頼み事をする時は全てが後手に回るからこそサリウスは苦手な相手だったがそれ以上の情報や得られる物は他とは比べ物にはならないほどだった。


「澄ました顔はしとるけど内心は相当悩んでビビっとるはずや、なぁサリウス」

「…………」


 マガツリアの言う通りサリウスは何食わぬ表情をするが内心ではマガツリアをどう動かすか悩んでいた。


「大丈夫よ、ウチはサリウスに返せない借りがあるから手伝う。それで情報よな」

「正直、納得はいかないが感謝する」


 ホッと胸を撫で下ろすサリウスに勝ち誇った笑顔を見せるマガツリアだった。


「ウチが前に訪問した際には元老会のおっさんとおばさん共はサリウスの事でギャーギャー喚いてましたわ」

「だろうな、マグルスは?」

「殺害命令にバルの強奪とありとあらゆる手段においての国潰しを了承した文書を書き綴ったわ」

「相当なお怒りだ、ちなみに棘の件は?」

「触れてなかったわ、元々は秘密裏開発だからね。そしてウールちゃんの情報を照らし合わせるとひとつ間違いがある」

「間違い?それは些細なものか?」

「ええ些細なものよ、ウチにとっては、けどサリウスにとってはかなり大きな間違い」

「その間違いはなんだ?バルの動きか?裏取引か?」

「どれもハズレ、そして今考えてることもハズレ、全部ハズレ」

「は、はぁ?じゃあなんだよ、まさか裏切りとか虚偽の報告じゃないだろうな」

「………………そのまさかよ」


 黙り込むサリウス、メイドの裏切り、それは他の国では大した問題でもなくよくある事でさしあたって大きな問題ではないがサリウスの国は全く別だった、国民は全て使用人であるメイドのみ、そして全てはサリウスに忠誠を誓った者達だが一人の裏切りは国だけでなく他のメイドに損害を与えることだった。


「他の国は集結してるわ、いつ攻めてくるか分からない。このノートは嘘。だけどウールちゃんが裏切りとは驚いたわ」

「ウールを探してくる」

「待ちなさい」

「何だよ」

「そこに居るメイド、いえヘリル居るわよね?」


 マガツリアは部屋の外に向けてヘリルを呼ぶとヘリルがドアを開け入ってくる。


「ーーはい。マガツリア様」

「貴女から血の匂いするわ、拷問は程々にしなさいと小さい時に教えたはずよ」

「申し訳ございません」

「その拷問している人は?」

「地下室にてアリエルとサラニアが行っております」

「ふぅん、アリエルちゃんとサラニアちゃんねぇ……」


 マガツリアはアリエルとサラニアの名前を聞いて瞬時に理解してサリウスを見るとサリウスも気づく。


「サラニアだと?いやサラニアは基本的に厨房から出ないはずだ、アイツは葉巻は必ず吸う、吸う時の場所は必ず換気扇がある場所か外だ、空気が悪い地下室に行くはずがない」

「これは相当マズいかもね」


 すると外から馬の鳴き声と共に馬車が走って行く様子が見えた、そして荷台には拷問していた男性二人の姿にこっちを見つめるサラニアの顔だがその顔を剥がすと下からは碧と朱のオッドアイの女性の顔が現れ睨んだまま馬車は走り去って行った。


「クソっ!ウールの野郎!!」


 オッドアイの女性はメイドのウールだった。


「完全にやられたわね」

「も、申し訳ございません!ご主人様!私の不手際と確認を怠ったせいで」


 ヘリルは完全にメイド達の事を把握していたつもりだったがほんのミスと確認不足で招いてしまった結果だった。ヘリルは頭を深く下げたままどんな処罰を受ける覚悟だった。


「ヘリル……悪いが席を外せ」

「……はい」


 サリウスは深呼吸したあと冷静になり一度ヘリルを部屋から追い出す。


「マガツリア。この展開どう見る」

「そうね、あの子の血の匂いからするにおそらく拷問していた男達はマヘストロ国ね。あそこは血に飢えたくだらない集まりよ、狂戦士しかいないわ」

「じゃあなぜウールはそこの手助けを?」

「こればっかりは分からないわ、ただ裏切るとなると棘に問題がある。少しばかり厄介ね」

「処理と判断しても?」

「これは致し方ない行為、ウチの結晶一粒消えるけどこの計画は潰す訳にはいかないわ、早急に対応をお願いしたいわね」

「分かった」


 サリウスは早足に部屋を出ていく、廊下ではヘリルが待っていたがサリウスは一言も発することなくどこかへと行ってしまった。


「ヘリル。今回の件は貴女が招いたことよ、この計画が始まる前はこんな初歩的なミスは許容範囲だけど計画は始まってる。ミスは許されないのよ」

「申し訳ございません。マガツリア様」

「いい、サリウスの指示がない限り動いてはダメよ。サリウスは邪魔されることが最も嫌いだからね」

「かしこまりました。マガツリア様」


 マガツリアはそう言い残して去って行く、サリウスは厨房に来ると隅っこの方で葉巻を吸いながら本を読んでいたサラニアが居た。


「サラニア。仕事だ」

「え〜、マジっすか、というか今日は休暇じゃん」

「仕事内容はウール抹殺。目的地はマヘストロ国」

「…………マジで言ってんの?」


 面倒くさそうな表情から一変して真剣な顔に変わるサラニア。


「裏切り行為が見られた、マヘストロ国は狂戦士の巣窟だ、能無しの集まりだが強力だ。早急にウールの抹殺を頼みたい」

「いいんすか?殺しても?」

「抹殺が仕事だ、お前にしか頼めない仕事だ」

「りょーかいっす、ご主人様がそう言うなら行かせてもらいますよ」


 サラニアは包丁を二本とフォークとスプーンを数本ずつ持ちしまってから本をサリウスに預ける。


「もう一度仕事の確認、ウールの抹殺でいいんすよね、ご主人様」

「ああ、任せた」

「かしこまり、ご主人様」


 そしてサラニアは厨房から出ていきウール抹殺へと向かった。

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