強制戦線

 サリウスは自室にてとある客を招いて二人だけでお茶を飲みながら話していた。


「それで証拠は?」

「……見つからなかった……」

「ふむ、それじゃあ確固たる証拠がない状態で俺、俺の国が犯人だと決めたわけだな」

「…………この度は証拠も無しに犯人だと勝手に断定してしまったことをお詫び……」

「いや別に謝ってほしいわけではない。謝る代わりに差し出す物、あるよな?ヒリスト国のリニアス王」

「くっ…………」


 その客とは先日に起きたヒリスト国の毒殺事件の犯人がサリウスの国が引き起こしたものだと証拠もなしに決めつけ侵攻してきた国の王だった。

 証拠を見つけるために厳密な調査を行った結果、証拠は一切なく実質的に未解決事件となり、現在でも調査は行われているが犯人となるサリウスは外された。

 その非礼のお詫びに王とその側近数名が再びサリウスの国に来ていた。


「バルはいくらでも出してやる、だがなぁ俺はほしいんだよ、分かってるよな」


 前回は選ぶ権利があったリニアスだったが今回は後に引けない所まで来てしまった。

 ここで断ることも出来るリニアスだがそれはサリウスを勝手に犯人扱いしてさらにはそのお詫びを差し出すことも無く逃げ出すといったヒリスト国が持つ正義と礼儀に反する行為であり、さらには代々受け継いできたリニアス王の名を穢すことを意味していた。


「だがまぁお前は正義と礼儀を重んじる国だと知っている。それに俺はそこまで悪でもない……」

「それじゃあ……」

「だが、お前は勘づいてるよな、俺が裏取引に通ずるってことを」

「ーーッ!!やはり裏取引あるのか!」

「気づいていたんだな、やっぱり」

「あっ!」


 咄嗟に口を閉じるが反射的に声に出してしまったリニアス、裏取引とは噂程度のものだったがそれを真に知ってしまったリニアスには自ら死地に踏み込んでしまった。


「分かった。知ってしまったからには協力してもらうぞ」

「断ることは?」

「まさか出来ると思ってるのか?裏だぞ、表上ではお前達や他の国とかいい顔してるお国のお偉いさんが裏では武器だけでなくバルの横領なんてザラだぞ、そんな所で裏切って中央支部に報告でもしてみろ。中央支部の支援部隊が来るまで国が火の海と化するぞ。そうなっても俺は被害はないから構わないがいいぞ断っても」

「…………選択肢は無いってことだな」

「決まりだ、まずは歓迎としてこれをやるよ」


 サリウスは小切手を出して金額を書き込みリニアスに渡すとそれを見たリニアスは目を疑うほど驚愕する。


「こ、こんなに!!」

「それを見れば俺が独立した理由も分かるよな」

「あ、ああ……だがなぜこんな多額のバルが流通してるにも関わらず中央支部からの介入や中央支部が堕ちないんだ」

「分からないのか?それは中央支部に通じる者がいるからだ」

「まさか!そんな馬鹿な!!それならば中央支部は潰せるだろ、なぜ潰さない!いやそれだけじゃない他の国を一纏めに出来るほどだ」

「おいおい、正義のお国さんが中央支部を潰すなんて言っていいのか?」

「ハッ!失礼した、だがなぜわざわざ敵を作るような仕方、独立したのか気になるが聞いても?」

「そうだな、その説明は俺よりも詳しい人がいる」

「詳しい人?」


 客室のドアが開くと一人の人物が入ってくる、その人物を見た瞬間にリニアスはさらに驚く、それはヒリスト国よりも知名度は低いが上にも下にも国の名前は動くこともなく常に一定の水準を保ち続ける国、バルチャー国のサバルス王だった。


「ーーそんな馬鹿な!サバルス王がなぜ、いや詳しいだと!本当に裏取引に通ずる人物なのか!!」

「ああそうだ、俺の最も信頼が置ける国でもあり、最も親しい人物である。なぁ兄貴」

「あ、兄貴……だと……兄弟なのか?」

「そうだ、兄のサバルスだ」


 サリウスの言葉に黙ったままのサリウスの横に座るサバルス


「そこまでバラしていいのか?我が弟」

「構わねぇよ、コイツは裏切ることは不可能だ」

「そう言うなら信じよう。それでどこから話せばいいリニアス殿」

「話してほしいのは沢山あるがそれよりなぜ貴方いえサバルス王が裏取引に?貴方は元・元老会の一員では?」

「そこまで知っているなら話は早い、単な話だよ。中央支部の元老会にある悪しき存在を潰すためだ」

「元老会にある悪しき存在?」

「幸せ者だな君は、いいか今の元老会はまともじゃねぇ、そこを潰すために裏取引が存在してる」

「裏取引が存在するってことはそこにいる人達は全員……」

「知っているから協力している」

「じゃあその悪しき存在って?」

「そこは教えることは出来ない、自ら調べたらどうだ?」

「いやこちらも教えて貰えないのであれば協力は出来ない」

「おいおい甘過ぎるぞ、いいかてめぇには拒否権はねぇんだぞ、もう逃げることは不可能だ。お前が弟に噛み付いた時点で負けなんだよ」

「いや我は元は……ーーまさかっ!!嵌められた!」

「気づくのが遅すぎだろ、それでも国の王かよ」


 リニアス王はやっと気づく、毒殺事件はサリウスが引き起こしたものだと、しかし証拠が確実に残らないことを知ってまで調査させ再度来るように仕向けたのを理解した。


「かと言って、あの時お前が戦いを選んでいたら全て破綻していたよ。まんまと代々受け継いできた正義と礼儀が裏目に出たな、リニアス」


 しかし、サリウス自身もここまで事が上手く運ぶとは思わなく次の作戦を考えていたが成功して内心は喜んでいた。


「そんじゃまぁどうするよ、秘密を知ったからには逃す訳にもいかねぇぞリニアス」


 サバルスの威圧といい、サリウスの一切揺らぐことの無い姿勢に恐ろしい相手だと認識したリニアスは後に引けない選択肢をするしかなかった。


「わ、分かった……協力しよう、しかしひとつ条件がある」

「認める範囲であれば」

「我だけだ、この裏取引に応じるのは」

「とすると国民には手を出すなと?」

「お願いしたい。この責任は我一人で十分だろ、他の国民や兵達は巻き込みたくはない」

「ふむ……サリウスは?」

「別にいいんじゃないか、王が動けばおのずと国民共は嫌でも動く、たとえどんなに悪条件でもな」

「そうだな、じゃあリニアスその条件を呑もう」

「感謝する」

「早速だがリニアスにお仕事を頼もう」


 サバルスがリニアスの元に歩み寄ると一枚の紙を渡す。


「中央支部からの物資にゴヤク国から流れてくる石あるよな」

「ゴヤク国、鉱物か?」

「そうだ。それをこっちの国に流してほしい」

「いやそれは不可能だ、ゴヤク国は元から中央支部にしか物資を流さない、仮に他の国に流すとなると膨大なバルが必要になる」

「そんな手間をかける必要はねぇだろ。横から奪えばいいんだよ」

「う、奪う!?」

「ああ簡単なお使いだ、断るなんて言わねぇよな」


 優しく語りかけ肩に手を置くサバルスだがその手から恐怖と殺気を感じるとリニアスは汗が大量に溢れ出てくる。


「け、検討しよう……」


 今すぐにでもこの場を去りたくなったリニアスは本能から椅子を立ち上がり客室を出ようとする。


「期日は1ヶ月だ、よろしく頼むよリニアス殿」


 笑って見送るサバルス、そして二人だけになった途端に大きくため息を吐くサリウス。


「サバルス。恐怖苛烈はやめろ。あの力を使って一人の王を自殺まで追い込んだことがあっただろ」

「悪い悪い、だが相手が怯えてる姿を見てその隙間から恐怖を与えるのは楽しいもんだぜ」

「全く……やっぱお前が元老会から追い出された理由がよく分かるよ」

「知らんな、ところでお嬢様は?聞いた話じゃ久々に目覚めたらしいな」

「そこまでではない。今はゆっくり寝ている」

「ならいいが、危険レベルが上昇したら手を貸すからな」

「その時はな、今は大丈夫だ」

「あいよ、じゃあ帰るから。また何か依頼があれば来る」


 そう言い残してサバルスは帰っていく、サリウスは自分が飲んだお茶のカップとリニアスに用意した口も付けてないお茶のカップを持ち厨房へと向かうと厨房の隅っこで本を読むメイドが居た。


「サラニア。厨房は吸うところではないぞ」

「あん?ああ、ご主人様か、すみません外で吸ってきます」


 葉巻を吸いながら本を読んでいた右目に眼帯を付けたメイド、サラニアが居た。

 サリウスはカップを洗い始める。


「いや俺が心配してるのはヘリルに怒られることだ」

「なんすか、そんな心配?」

「目障りだったか?」

「別にぃ、ご主人様は吸いますか?」

「遠慮しとく、しかしお前はいつもそこにいるよな」

「ん、落ち着きますからね。それに換気扇もありますから」

「ああそうか、そんじゃあほどほどにな」


 洗い物が終わり手を拭いて厨房から出ていこうとする。


「あ、それとウールは明日戻るらしいぞ」

「げぇ!?マジっすか……えぇ、僕アイツ嫌いなんスよ」

「そう言うな、仲良くしろよ」


 怪訝な表情をするサラニア、そしてまた一人だけになったサラニアは先程まで洗っていたサリウスのカップを見る。


「やっぱご主人様。洗い物下手くそッスね……」


 再度洗い直し完璧にしたサラニアは満足そうな表情をしてカップを棚に戻した。

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