眠りを妨げる者には罰を
数週間、何もないまま日々が続く。大きな欠伸をするサリウス。
「ふぁ〜〜、意外と来ないもんだな」
「平和が一番です。ご主人様」
暇つぶしに付き合わされサリウスの自室でチェスをするヘリル、しかしその手には「チェス入門書」を読みながらチェスを指す。
「だな、はいチェック」
「あっ!すみませんご主人様、待ってください」
「嫌だ、お前これで36連敗だろ」
「ですが……」
「ゲーム弱いよなお前」
「申し訳ございません。ご主人様。私はどうもこういった遊戯は苦手でして……」
「いや別に謝ることではない、得意苦手は誰にでもある。そういえば最近の庭の手入れは誰がやっている?」
「はい。アリエルにお願いしております。この前の薬莢を散らかした際に花壇の一部に薬莢を落としていましたので罰として庭の手入れをさせております」
「アリエル……そうか、アイツはメイド副長だよな」
「はい。言動や行動といった物は副長らしかぬものですが仕事は私に並ぶほどです」
「じゃあ聞くがアイツでも花壇に跡を残して踏み入るか?」
「跡ですか?それは……」
ヘリルは考え込む、ちょうど敷地内の花壇に楽しそうに手入れをしているアリエルの姿が窓から見える。
「昨日、庭を回ったがその時に花壇に跡があった。どういう事か分かるよな」
「跡……足跡ですか?」
「ああ、だが仮に潜入としてこの豪邸に入って来ているのであればわざわざそんな足跡を残す馬鹿はいないだろ」
「かしこまりました。それでは今夜は私が夜中見回ります、ご主人様のお側にはアリエルを担当させていただきますがよろしいでしょうか?」
「構わない、だが既に中に潜入してるかもしれないから豪邸内の見回りもしとけ」
「畏まりました。ご主人様」
その日の夜中、サリウスは自室で蝋燭に火を灯して本を読みヘリルの報告を待つ、部屋の外ではアリエルが待機していた、ヘリルは敷地内を歩き警戒していた。
「異常はない、足跡もない……ご主人様を疑うわけではないですが本当に侵入されたのでしょうか?」
そよ風で草木がさざめくが侵入者らしき痕跡は見つからずヘリルは最後に豪邸内の中庭に向かおうとした所、背後からナイフが飛んでくる。
「ーーッ!!」
咄嗟にナイフを受け止め投げ返すが躱される、そしてヘリルに向かって剣を抜き突進してくるマントを羽織った人物。
「侵入者ですか」
「けっ、メイド如きが死ね」
声からして男性だと思われる侵入者にヘリルは剣を躱し続ける。
「無駄です、そんな遅い振りでは私にはかすり傷すら与えることは不可能です」
「チッ、ちょこまかと……」
「これでよくご主人様の元に行けると思ったとは浅はかですね」
「うるせぇ、死ねっ!!」
「だから無駄だとーーッ!?」
余裕から一瞬の油断が生まれたヘリルは急に背後から現れたもう一人の侵入者に気づかなかった。
そして前と背後から斬られそうになるがギリギリのところで身を翻し回避した。
「失敗か、普通の女とは違うみてぇだな」
「せっかくの奇襲が台無しだよ」
なんとか回避したヘリルだったが頬にかすり傷がつき血が流れる。
「そうですか、少し油断してしまいました」
「さっきまで余裕があったみたいだがどうだ?」
「はん、二対一じゃこっちのが有利に決まってんだろ」
形勢逆転の不利な状況に追い込まれたヘリルは笑いエプロンを取り軽く畳み近くの花壇脇に置きワンピースだけの姿になる。
「このかすり傷はご主人様に怒られてしまいそうですがそれよりもゴミがこの土地に足を踏み入れてしまったことを怒られそうです」
「そのご主人様とやらも一緒にあの世にいかせてやるよ」
「雑魚みたいなセリフをお吐きになるんですね」
「……殺す」
「本当に雑魚みたいですね。いいでしょう。では私はか弱いのでこちらでいかせてもらいます」
拳を構えるヘリル、挑発に挑発された二人はついにブチ切れ殺しにかかるがヘリルはさっきよりも身軽に躱し始める。
「こちらの方が血は目立ちずらいので存分に殴れます」
「何言ってーーふべっ!」
瞬間移動したかのように急に間合いを詰め顔面を殴るとそのまま胸ぐらを掴み背負い投げをして一人気絶させる。
「まずは一人」
「へっ、一人やったぐらいでいい気になるなよ」
「そうですね。では少しだけ力を入れます」
剣を振り下ろす、しかしヘリルは避けることもなく手のひらで受け止めた。
「なっ!?受け止めただと!?」
「元々避ける必要は無かったのですよ、駆け引きで相手を油断させる。ただもう一人居たのは私の不手際でした。申し訳ございませんお客様」
謝る必要のない場面だったが次の瞬間にはその理由が判明する。
ヘリルは受け止めた剣を易々と握り砕きすかさず右脚を高々と上げそのまま脳天目掛けてかかと落としを決め男性はそのまま意識が飛びそのまま倒れた。
「クラシカルなメイド服でございますので楽に足は上がります。それではーー……」
カーテシーするヘリル、だがその時豪邸から銃声が聞こえた。
「ーーしまった!夜中での発砲はカザリ様がーー!!」
急いで豪邸に戻るヘリル、それは豪邸内に侵入者を許したことに急いでるわけではなくそれ以上に恐ろしい事が起き惨事になる前に急いだ。
発砲音が聞こえる、数分前。
「ん〜〜むにゃむにゃ、ご主人さまぁ〜もっとパンケーキくらさいよ〜〜」
サリウスの自室前で待機していたアリエルは寝ていた。
そのアリエルに忍び寄る影。
「忍びこむなんて容易いこと、さぁてまずはこの小娘から始末するか」
豪邸内に侵入してきた男性はマントの内側からナイフを取りゆっくりとアリエルに近づく。
「ふにゅ〜〜ーーハッ!」
何かを察知したアリエルは目を覚ます。
「チッ、運のいいヤツめ、だが死ね」
「おわーーー!!にゅわっち!」
襲ってきた所をなんとか躱すアリエル、ナイフは壁に突き刺さる。
「クソったれが……」
「え?侵入者?マジ?マジなの?えっえっ?」
まだ寝起きなのか夢か現か理解が遅いアリエルだがそんなことはお構い無しに男性は苛立ちから銃を出してアリエルに向ける。
「ちょーー!それはダメです!マズイですよ!!」
段々と焦りに焦り始めたアリエルは大声になりとうとう部屋からサリウスが出てくる。
「おい、一体何事だ……ん?」
サリウスは男性とアリエルの間に挟まれた状態で男性の方を見る。
「お前がここの国の王か」
「噂の侵入者か、まぁそうだ」
「じゃあ死ね」
「あ、銃はちょっ……」
何かを言いかけたサリウスはそのまま男性に額を撃ち抜かれ背中から倒れる。
「ご主人様ぁぁーーーー!」
アリエルが慌ててサリウスの元に寄る。
「ふっ、死んだか。まぁお前は生かしてやるよ。じゃあな……あれ?足が……」
男性はその場からすぐさま去ろうとしたが突然足が動かなくなる。
「足が動かねぇ、何故だ」
床に張り付けられたように動かない足、そして背後からとてつもない凍った風を感じ始める。
「な、なんだ一体……」
「あ……あ……か、カザリ様……」
「かざり?だれだよ」
アリエルは震えながら男性の背後からゆっくりと歩いてくるカザリの姿が見えた。
しかし、その姿は冷たく怒りに満ちた表情でぬいぐるみを引き摺る音は床を引っ掻く音のように聞こえる。
「…………だれ?私の眠りを妨げたのは?」
口を開くカザリ、その言葉は重々しく幼い女の子とは思えないほど力強い言葉だった。
その言葉に震えながらもアリエルは答える。
「も、申し訳ございませんカザリ様……おお、お客様が銃を発砲してしまい…………その……」
「そう……………」
カザリは男性の前にやって来る。
「お客様。私の嫌いな物をご存知ですか?」
「ガキかよ、こんな子供だま……」
「お客様。もう一度言います。私のーー」
「うるせぇよ!お前の嫌いな物なんて知るかよバーカ!」
相手が子供だと分かり貶す男性にカザリは表情ひとつも変えることなくぬいぐるみを男性の前に置く。
「私のルール。眠りを妨げてはならない」
「眠りだと?お前そこの死体を見て分からねぇのか?この国の王は……はえ?」
男性の前に置かれたぬいぐるみが段々大きくなり始める、そして廊下の天井に頭がつくほど大きくなると口を大きく開けた、その口は何百とある歯にその奥はとてつもないほど暗く闇が広がっていて男性はそれを見て恐怖を感じて止めるように伝える。
「私のルール。人の話を聞かない者には死を」
「ま、待て……分かった。話をしよう、だから……ぎゃあああーー」
ぬいぐるみはそのまま男性を呑み込むと肉を引き千切る咀嚼音と共に骨が砕ける音と聞いただけ一生耳に残る音が静かな廊下に響き渡り最後にゴクリと喉を鳴らしてぬいぐるみは元の大きさに戻る。
「お疲れ様コキュートス。ご主人様起きてるんでしょ、私より先に寝ないで」
カザリはぬいぐるみを抱き上げたあと倒れたサリウスに聞くとサリウスは何事もなく起き上がる。
「悪い悪い。久々に奴を見たけどやっぱ恐ろしいもんだな」
「バカ言わないで、ご主人様の方が恐ろしいよ。弾丸を飲み込むなんて」
「いやあんな至近距離で撃たれたら呑み込むでしょ」
「バカじゃないの?もういいご主人様のベッドで寝るもん」
「あ、おい」
カザリはサリウスの部屋に勝手に入って行くと廊下の奥から急いで走ってくるヘリルの姿が見えた。
「ご主人様!ご無事ですか!」
「ヘリルか、まぁなんとかな。それより……」
「うぅ……ご主人様が生きてた……」
アリエルがサリウスが生きていたことに感動して涙を流していた。
「アリエル。お前泣いてるけど俺がアレぐらいで死なないこと分かっていただろ」
「ですがですが〜〜」
「全く……寝て警戒を怠っていたお前が悪いからな」
「もうじわげごじゃいまぜん、ごじゅじんざま〜〜」
「泣くなよ。それより外は?」
「はい。侵入者はお二人でした。のちほどゆっくりとお話しようと思いますのでお部屋の方に運びます」
「分かった。じゃあ頼む」
「かしこまりました。ご主人様」
ヘリルが敷地内で気絶させた侵入者を片付けようとサリウスに頭を下げ戻ろうとした時サリウスが呼び止めた。
「あ、ヘリル」
「はい?」
「メイドは常に美しさを保つことだ、メイド長ならなおさらだ」
サリウスはヘリルの頬にあったかすり傷を優しく撫でると傷が消えた。
「あ……ありがとう…ございます。ご主人様……」
「別に国の主として当たり前のことをしたまでだ。あとはよろしく頼むよ」
「かしこまりました。ご主人様」
「アリエルも副長として務めを果たせ」
「かしこまりました。ご主人様ー!」
素早く立ち上がり敬礼するアリエルに一応聞くサリウス。
「そうだ、アリエル。お前なんで花壇に足跡があったのに俺かヘリルに報告しなかったんだ?」
「足跡ですか?いつですか?」
「え?お前まさか……一応昨日だが?」
「昨日?昨日昨日昨日……あぁ!あの足跡は私です、その〜、道具を片付け忘れてましてヘリルに怒られる前にコソコソっと……あれ?」
アリエルは申し訳なさそうにニコニコ話すがヘリルが今にも怒りそうな雰囲気に呆れ返ったサリウスに妙な空気を感じるアリエル。
「ヘリル。コイツはお説教頼むわ」
「畏まりました。ご主人様。それではアリエルさんこちらへ行きましょうか?」
「え?え?あれ?私ヤバいことしましたか?あれ?なんでヘリル笑っているのに怒りマシマシなんですか?あっ!ちょっ!待って待って!あーーーー」
首根っこを掴まれそのまま引き摺られていくアリエルを見届けるサリウスは自室に戻るとベッドの上では既にカザリがぬいぐるみを抱いてすやすやと寝ていた。
「ふぅ……まさかアイツのせいで振り回されるとはな。だけど警戒して正解だったかもな。感謝すればいいのか分からないがまぁいいか」
花壇の足跡の正体はまさかのアリエルだったことにため息のサリウス、だが逆にそれがあったからこそ警戒出来たことだった。
サリウスは窓を開けて蝋燭に火を灯して窓際の椅子に座り本を読み始める。
「にへへ……くすぐったいよお兄ちゃん……」
そよ風に頬を撫でられ寝言を発するカザリにサリウスは微笑む。
「……困った妹だ」
ベッドを占領されて寝る場所がないサリウスだったが特に気にしてなくむしろカザリが寝ている姿を見て安心していた。
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