2・いつか
ガンガン
どこからともなく鉄格子をたたきつける音が聞こえてくる。
ガンガン
朝矢はその音を無視して歩いていた。
『おい。こら、無視するんじゃねえよ。朝矢』
ガンガンガン
その声は朝矢の声に似ていた。朝矢が声変わりするかしないかぐらいの時期のまだ幼さの残る声とともに鉄格子を揺らす音は、相変わらず朝矢の耳には目障りでしかならない。だからといって、その人物を振り向く気になれないのは、いま“それ”にかまっている場合ではなかったのだ。
それよりも、朝矢の視線の向こう側から響く音色を停めなければならない。そんな気がした。
『おーい、朝矢くーん。いい加減にこっちむいてくれないかーー。無視されるのはいやなんだよーー。そじゃあ、こっちから出向いてやるか?』
“それ”は鉄格子をおもいっきり引っ張る。すると、鉄格子についていた南京錠がはずれ扉が開く。
朝矢はハッとして振り返る。
すると、そこには何重にも重なる鉄格子があった。
その向こうには一つの影。
鉄格子の扉がひとつ開いていることがわかる。
朝矢は眉間に皺を寄せた。
『ククククッ。もう最初の扉は閉まらないぜ。次の扉もいずれ開くさ、この扉が全部開いたら、貴様は俺のものとなる』
何重もの鉄格子の向こう側にいる“それ”は愉快そうに笑っている。
あのときの朝矢の姿を形どった“それ”はただ朝矢を見て、勝ち誇ったように笑うのだ。
『どうだ。どうだ。他の扉ももろくなってきているぞ。どうする?』
朝矢は“それ”を見る。
“それ”はあの黒死蝶に全霊力を奪われたときに、一度朝矢を支配しようとした。けれど、今回はそれをしようとする様子もなく、ただ朝矢を揶揄するかのようにみていたのだ。
鉄格子にヒビか入ってきている。
南京錠の鍵も取れかかっていることがわかる。
『どちらが先かな? すべての扉が開き、俺様がお前を乗っ取るのが先か。あのやろうが復活するのが先か』
「それ以外の選択肢もある」
さっきまで黙っていた朝矢が口を開くと同時に矢を放った。
矢は鉄格子を潜り抜けていき、“それ”のすぐ隣をかすめていく。
「俺がお前を飲み込むってのもありだと思わないか?」
その言葉に“それ”は歓喜したように笑いだした。
『それもそれで楽しみだね。でも。俺様と貴様。どちらが生き残るのかな?』
そういって、余裕の笑みを浮かべる。
その時だった。
突然、“それ”の真上から真新しい鉄格子が下りてきたのだ。
“それ”は鉄格子をさけて後ろへと飛ぶ。
『あーあー。新しい鉄格子かあ。さすがは道摩の野郎の使役鬼だな』
と余裕な口調でいう
『クククク。道摩かあ。この身体乗っ取って
「うるせえ。俺は渡す気はない」
『意気のいいやつだ。あの時の泣き叫んだ声が嘘のようだ』
“それ”は懐かしそうな顔をする。
「てめえ」
『それよりも俺様にかまっている暇ねえんだろう?』
「てめえが話かけたんだろうが。ボケっ」
『おっ、それはすまねえな。さっさと行きやがれ。楽しみはまた今度』
すると、“それ”の姿も鉄格子の姿も消え去り、真っ白な空間が広がった。
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