11・影を慕いて

 巨大蛾はいまだに結界を抜け出そうと蠢いている。


 愛美は歌うことで、その動きをどうにかとめているが、さすがに歌い続けることは疲れる。普段のライブなんかはそうでもないのだが、人ではないアヤカシといった物相手に歌うことは、その相手の動きを封じたりすること。それには霊力を消耗することになる。


それは体力的にも精神的にも疲労がたまる行為で、先ほど黒死蝶によって霊力をだいぶん奪われた状態で歌う術を使うのは、普段よりも消耗してしまう。



ふいに歌が途切れ、愛美の身体が後方へとふらついた。


「めぐ!」


 愛美を守るようにゾンビたちと対峙していた桜花が倒れそうになる愛美を支えた。


「大丈夫?」



「大丈夫よ。うーん、ここが朝矢だつたらなあ」


「そんなこと言えれはば、大丈夫ね」


「ええ」

 

愛美はどうにか立ち上がると再び歌おうとした。


 

「もういいよ」


 しかし、その前に背後から愛美の肩に触れるものがいた。


 愛美がだれのなか確かめるよりも早く。その人物はいまにも結界を破ろうとする巨大蛾に近づく。


「まさか、こんなことになるとね。ちゃんと邪魔できたと思ったけれど、あのときには種を植えつれられたようだ。君に与えた義骸も壊れてしまったみたいだ」


彼・土御門桃史郎は、手にもってていた錫杖を巨大蛾の前に突き出した。そして、なにやら呪文を唱え始める。


「我が名において、かの者につきし悪しき種を祓い給え。わが名は——」


呪文を唱え終わると、その錫杖を巨大蛾へと向けて投げつけた。


錫杖はそのまま巨大蛾の身体に突き刺さる。



「があああああああああ」



 巨大蛾は断末魔を上げながら、錫杖に吸い込まれるようにその姿が小さくなっていき、やがて一人の少年の姿へと変わっていく。


 少年は崩れるように地面へと倒れていく。


「もどったの?」


 愛美が尋ねた。


「ああ。でも……」


 愛美たちが見ている先で、巨大蛾へと変貌を遂げていた武村が目を覚まし、上半身を起こした。


 視線を愛美たちのほうへと向ける。

 

 その目は虚ろだ。


「ごめんなさい」


 彼はそう謝る。


「仕方ないさ。僕の怠慢が原因だ」


 桃史郎がそういいながら彼のほうへと近づく。


 その間もゾンビたちが襲いかかろうとするが、それを愛美たちがどうにか防いでいる状態だ。


 武村の身体が光に包まれていく。


「これ以上、君はその姿を保てないようだ。もう君のための器はないよ」


 桃史郎が言った。


 それを聞いた武村はなぜかホッとしたような表情を浮かべる。


「どうした?」


 桃史郎が尋ねる。


「なんだろう。もういいような気がする。いや違うでござるな。消え初めて気づいたのでごさるよ。この魂は拙者の一部でしかないのでござるな。いや魂でさえないのでござろう。これは残り香。ただの残存思念でござったか。お主はそれを知っていたはずだ」


 そういいながら、武村は桃史郎に視線を向ける。桃史郎はなにも答えなかった。


 武村はそれを肯定と理解する。


「ただわからぬ。お主はなにがしたいのじゃ。知っていたはずではないのか。こたびの事態も、三神という娘のそばに“アヤカシ”になりつつある魂があることも……。だからか。だから、拙者を利用して、朝矢殿を学校へ再び派遣したのだろう?」


 桃史郎はなにも答えない。ただ武村はじっと見つめている。


肯定も否定もしない。



 その瞳の奥になにがあるのか武村には知る由もなかった。


「しかし、強引じゃのう。なぜ、そうした?」


「さあね。ただの気まぐれさ。あの子にはもっと強くなってもらわないといけない」


「よくわからぬ。でも、もう拙者に知る時間はないようだ」


 その言葉を最後に武村の身体は光となつて消えていく。


そんな二人の会話は、愛美たちには聞こえていない。ただ、すぐそばにいたナツキだけが聞いていた。


「とうさん。大詰めみたいだよ」


「そうだね。ナツキ、朝矢くんのところを頼めるかな?」


「わかった」


 ナツキはステージに向かって駆け出した。



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