4・歩兵の本領
「おいおいおいおい。なんだよ。これは?」
武村が突然大型の蛾へと変化したことに朝矢たちは驚愕を隠せないでいた。
周囲にはゾンビのようになった人間たちに、人の大きさほどある黒死蝶。ステージ側には五階ビルほどある蝶が翼を広げた状態でいる。その巨大蝶は動くことはないが、不吉な気配だけが異様に漂わせている。
「ほんまやわ。蝶ばっかりなのに、なんであれだけ蛾なんやねん」
「そういうことじゃないと思うんだけど」
成都の言葉にすかさず桜花がツッコミを入れる。
「憎イ。憎イ」
巨大蛾が大きく空へと羽ばたくとゾンビによって身動きが取れない状態になり果てている朝矢たちに向かって猛スピードで降りてくる。
当然の武村の変貌に気をとられていた朝矢たちの体にゾンビたちが張り付いてきた。そのまま、押し倒した。
「くそっ。離せ」
朝矢が力を入れ、ゾンビたちを離そうとするが、それに比例するかのようにゾンビの体重が重くなる。まるで岩につぶされているかのようだ。
蛾が下りてくる。
このままだと蛾によってもつぶされかねない。
「どけろっていってんだよ」
どうすべきか。身体を動かす方法。ゾンビたちを自分の体からはがす方法があるとすれば一つしかないのではないか。
“あれ”の力を借りることだ。
朝矢の中に住み着いた魂。
何重にも重なる牢によって封印された魂。妖気の源であるそれは、最初の門がひらかれた状態だ。
朝矢がその力に手ほ伸ばせばたちまち力をえることができるだろう。そのかわり、朝矢の意識が消える危険性もあった。
朝矢は“アヤカシ”に近い状態になる。そうすれば、人間などすぐに排除できるだろう。
「だめだ」
朝矢はかぶりを振った。
自分のうちに封印された力を使う。
それがちゃんと制御できる保証はない。
下手すれば暴走してしまうかもしれない。
ならば、どうすれば……
蛾が迫ってくる。
朝矢に危害をくわえようとして迫ってくる。
「あきらめるな」
その時だった。
突然、朝矢の身体が解放される。
その理由を確認する暇はない。立ち上がった朝矢はすぐさま蛾の突進をギリギリ避けたのだ。
蛾はそのまま地面にぶつかる。
地面は蛾を中心にヒビが入る。
「サンキュー。芦屋さん」
そこにいたのは尚孝だった。
尚孝は、成都たちを押さえつけている人たちを次々とはがしていったのだ。
「“アヤカシ”か?」
尚孝が尋ねる。
どうやら、尚孝にも巨大蛾は見えているらしい。どういうメカニズムになっているのかは朝矢にもわからないが、霊感がなくても“アヤカシ”状態になると見えるらしい。
「ああ、武村のやろうが“アヤカシ”になりやがったぞ」
「武村? それはどういうことだ? あいつがまたしくじったのか?」
「しらねえ」
ゾンビが再び立ち上がると朝矢たちを襲おうとする。
尚孝はすぐさまそれらに蹴り、殴り、背負い投げして気絶させていく。それでも再び起き上がるのだ。
「埒が明かないなあ」
「芦屋さん。どうすればいいんですか?」
「決まっているさ。根源を絶つ」
「根源はわかっているが、蝶のせいでそこへたどりつけない」
「蝶? そんなものどこにもいないぞ」
尚孝がいう。
彼にはみえていないのだ。
蝶の姿はまったく見えず。蝶も尚孝の存在を完全に無視している。
視えたり見えなかったり、妖怪といったものたちのメカニズムがよくわからない。いや、尚孝の体質がなぞなのかもしれない。
霊力がない。それは確実だ。なにせ“かぐら骨董店”で最も感知能力に優れた桜花でさえも彼に霊力のかけらも感じられないというほどだったからだ。かといって、妖力があるわけでもない。ただ生きとし生けるものすべての中に存在している生命があることぐらいだろう。
「とりあえず、ステージで一心不乱にひいているお嬢さんをどうにかすればいいんだな」
尚孝はステージのほうを見る。朝矢には大きく黒い蝶が佇んでいるようにしかみえないのだが、尚孝にはステージの上で少女が一人でキーボードを奏でている姿がはっきりと見えている。
「いや違う。キーボードだ。あのキーボードを壊せば、こいつらは止まる」
キーボートのほうだ。三神にはまったくこの騒動を
を起こす根源はみられなかった。そのかわりにキーボードのほうに漂う異様な気配がどこかのだれかの魂が宿っていることを感じさせている。
「なるほどね。ならば俺のほうがいいだろう」
「芦屋さんが?」
「ああ、俺のようなやつには黒死蝶はまったく興味ないみたいだからな」
そういいながら、尚孝は拳銃を取り出す。
「それで打つのか?」
「ああ。俺が壊すが、浄化するのは君の役目だからな」
「ああ、わかってる」
そういうなり、尚孝はステージに向かって走り出した。
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