3・戦友の遺骨を抱いて
武村は呆然としていた。ただ座り込んだままで朝矢を見ている。先ほどまで鱗で覆われて異常に盛り上がっていた腕は元通りの大きさに戻っているが、腕には鱗の文様はまだ残っている。それに彼から漂っているものは霊気ではなく妖気だ。
なぜ、彼が妖気を放っているか。妖気というものは、人間には持たな気だ。それをもつものは鬼とよばれる存在に他ならない。それなのに妖気を持つといあということは彼が鬼ということになる。
「君は鬼なのか?」
武村が思わず尋ねた瞬間に、朝矢は武村の顔面を足の裏で蹴り飛ばした。武村の後頭部がその勢いで地面に激突する。だが、痛みはなかった。
「なにをする」
武村は怒声をあげ、朝矢を睨みつける。
すると、朝矢は不機嫌そうに武村を睥睨している。その姿は、先ほどの妖気を漂わせていた朝矢ではなく、通常の彼だった。
それでも妖気が消えているわけではないが、最初のときよりも薄れて言っていることがわかる。
「てめえがへんなこというからだろうが! おれは鬼じゃねえし、ぜったいに鬼なんぞならねえよ」
その瞬間。朝矢の背後に黒くて大きな蝶が迫ってくる。しかし、それが朝矢につくよりも早く振り向きざまに弓矢を放った。矢は大型蝶を分散していく。
「うるせえんだよ。ゾンビか黒死蝶かどちらかにしろよ。こら」
「どちらかにしろっていっても無理やわあ。本体つぶさなあんんでえ」
成都たちもまた突然現れた成人ぐらいの体格をした黒い蝶を持っている武器で分散していく。蝶が消えると同時にゾンビのようになった人たちが襲い掛かってくる。それには、通常アヤカシといった類を倒すために使う武器は通用しない。
武器を消し去ると、素手で彼らを気絶させていく。しかし、すぐに起き上がるのだ。
「本当に埒があかないわね。この子たちと黒死蝶が邪魔して、ステージへ戻れないわ」
ステージに戻る。
その言葉で武村はステージのほうへと視線を向けた。黒い蝶で覆われたステージからいまだに音楽が響いている。そのステージのすぐ前にもバリケードをするかのようにゾンビのようになってしまった生徒たちの姿がある。
「麻美さん?」
その中に麻美のすがたがあることに気づいた。そのすぐ隣には、麻美と仲良くしていた少年の姿がある。いまにも近づきそうな距離。
二人はユラユラと身体を揺らしながら、こちらへと向かっている。
その様子がなぜか、武村にはいちゃついているように思えた。
「麻美さん。麻美さん」
武村は立ち上がると、麻美のほうへと向かう。
「麻美さんは拙者のものだ。だれにもわたさぬ」
渡さない。
渡さない。
拙者のものだ。
だれにも渡さない。
拙者が連れていく。
拙者が連れていく。
麻美さんをつれていくのだ。
「やめろ」
背後から朝矢の叫ぶ声が聞こえてきたが武村の動きは止まらない。
身体が戻っていく。黒い蝶によって、新たな肉体を形どっていく。いや違う。
武村はハッとする。
これは人間の肉体ではない。
蝶だ。いや違う蛾のような肉体になっている自分に気づいた。
その時には遅かった。
「うわああああああ」
武村は悲鳴を上げる。
同時にさまざまな記憶が走馬灯のようにかけめぐった。
「にくい」
その言葉が生まれる。
「にくい。憎い」
憎い
拙者からすべてを奪った。
親も兄弟も
だれよりも慕っていた殿も
その子供も
愛する人も
すべて奪った。
憎い
憎い
憎い
憎い
憎い
憎い
奪う
奪う。
すべてを奪ってやる
「があああああああああ」
武村が振り向く。
すると、朝矢たちが愕然と武村を見上げている姿が見えた。
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