2・凱旋
体が痛い。
全身をなにかが蝕んでくる。
──楽になれよ。はやく、その体俺様にくれよ
朝矢のなかに潜むモノがそう囁く。
──俺様ならぜーんぶ解決さ。そして……
「ああああああああ」
体のうちから沸き上がる邪悪なもの。
開かれようとしている二つ目の門。
どうでもいい
早く解放してくれよ
彼の脳裏にある一人の少女の顔。
血まみれで必死に自分に訴えかけている。けれど、なにをいっているかわからない。
次に出てきたのは兄。目の前で消えた兄の姿。
それから、“鬼”たち。
“鬼”たちが不敵な笑みを浮かべながら、朝矢をみている。体が動かない。体を拘束されて身動きひとつできずにいる。
──こっちだ
“鬼”が手をさしのべてくる。
──こっちだ。さあ
「朝矢ああああ!!!!」
その時だった。愛美の声が響いくとともに、突然背中にぬくもりを感じた。
「朝矢。朝矢。朝矢。だめだよ。朝矢」
後ろから声が聞こえる。いつもの元気で明るい声ではない。切羽詰まったような声。それでいて安心できる彼女の声。
——ちっ。巫女めが
内部に響いた声が舌打ちする。
痛みが引いていく。
「大丈夫。大丈夫だからね。私がいるから」
朝矢はようやく自分の体を抱きしめてる存在を振り返った。
「松枝?」
「もー、愛美ってよんでよお。朝矢」
そこにはいまにも泣きそうな顔をししながらも、いつもの調子で言葉をかける愛美の姿があった。
「大丈夫か? トモ」
「もう心配させんじゃないわよ」
朝矢に背中を向ける形で佇んでいるのは、成都と桜花の姿。
「ああ。悪かった」
いつの間にか、朝矢の半分を覆いかくそうとしていた鱗は消えている。
朝矢は愛美に支えられねようにしてゆっくりと立ち上がった。
「松枝。サンキューな」
「もう、愛美ってよんでよお」
「呼ぶかよ。ボケ」
朝矢はそのまま正面を見る。
いまだに愕然と佇む武村の姿と背後の大きな蝶。周辺に倒れている生徒といまだにゾンビのように動く生徒の姿が入り混じっている。
「朝矢。大丈夫やでえ」
成都が突然そういった。
朝矢は一瞬なものことだったかわからなかったが、すぐに理解した。
武村の背後。
朝矢が射たはずの少女が上半身を起こしていたのだ。
「痛~い。ひどいよ~~。朝矢せんぱ~い」
青子だ。
そこには、青子が胸のあたりを押さえながらこちらを見ていた。どうやら、朝矢の矢が貫いたのは青子の身体だったらしい。けれど、血は滲んでいないし、着ていた衣装が破れているわけでもなかった。
「はははは。なんか知らんが、朝矢の矢は正気に戻すようやでえ」
「はあ?」
朝矢は顔を歪める。
「そうみたいね。試しにこっちもやってみようかしら」
そう言いながら、桜花がカードを投げる。カードは迫りくるゾンビ人間の胸元に突き刺す。同時にそのまま倒れこんでしまう。
それから時間も経たないうちに目を覚ます。
「あれ? 私……」
その生徒はあたりをきょろきょろしている。
「みんな? どうしたの?」
ゾンビのような動きをする人たちを怪訝な顔で見ている。
すると、ゾンビの一人が彼女に襲い掛かろうとした。
「きゃああああ」
彼女が悲鳴を上げた直後に、青子が彼女の腕を掴むと強引に立たせるなり走り出した。
「え? え?」
「とにかく逃げる。朝矢せんぱーいがんばってくださーい」
そういって走り去っていった。
「どうやら、おれらの武器が通用するようやでえ。まあ。、俺たちも霊力はだいぶん削られているようやけどなあ」
「霊力関係ないかもよ。とにかく『祓いの武器』が効果ありってことね」
桜花は朝矢をちらりとみると再びカードを投げつける。
「そういうことにしとくわ。なあ。トモ」
「しるか」
朝矢は再び弓を出すと、今度はためらわずに矢を操り人形とかしたゾンビ人間へと放つ。
「私もがんばらないとね」
そういいながら、愛美はクナイを放ちた。
「まけてられるかーい」
成都も槍を振るう。
いまだに声は聞こえる。
——あ~あ。こんなに簡単に突破されるとはなあ。まあいいさ。いずれまた……
その声は余裕に満ちていた。
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