13・蝶の奏でる鎮魂歌
1・敵は幾万
弦音と樹里はグランドを飛び出した。するとそこには血の気のない人々がなにか見えない糸で操られているかのように身体を揺らしながらあちらこちらをさ迷っている。
そうかと思うと、正常な人間を見つけると猛スピードで襲い掛かるのだ。もちろん逃げようとする。そんな暇も与えずに捕まった人間は押し倒されては噛みつかれ気を失う。しばらくするとその人間も操り人形のように動き出す。
いつのまにか、出店も無残に破壊され、暴動がいたるところで起き始めていた。
「なによ。これ?」
樹里は思わず、弦音の背中に隠れるようにして周囲を見回す。
よくみると、ゆらゆらと彷徨う者、いたるところを破壊しつくす者。泣き叫ぶ者もいれば、とにかく逃げ続ける者など様々だ。
「とんでもないことになったようだな」
そう話したのは人型を取っている野風だった。人型を取れば、霊力がまるっきり見えない人間にも見えるようになると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
樹里は彼女の存在にまったく気づいていないようだった。
野風がここにいるのは、弦音たちについてきたからにほかならない。グランドを抜けようとするときにも、ゾンビのようになってしまった生徒たちに襲われそうになったのだ。それを狼の姿から人の姿になった野風が撃退していった。
尚孝のほうはというと、逃げるように指示を出すなり、ステージのほうへと駆け出したのだ。
ステージの前にいる生徒たちのほとんどもゾンビのように動い胃手織り、朝矢たちに襲い掛かる。それをどうにかしのいでいる姿は見ることができた。そこに自分は戻って加勢すべきではないかとも考えた。
「今のお前にはなにもできない。とにかくこの娘を連れて逃げることぐらいだな。守りは私がするから脱出しろ」
そんな弦音の迷いを知ってか知らずか、野風がそんな言葉をかけてきた。
彼女のいうとおりだ。
なにもできない。
なぜか得ることになった幽霊や妖怪を見る力。それを使って“祓い”の仕事をしないかと誘われた。
けれど、実際に自分が必要なのか。いや必要のない存在だ。それなのに、自分は彼らの仲間に迎えられてしまっている。
それなのにまったく役に立っていないのだ。
「があああああ」
「きゃああああ」
弦音はうめき声と樹里の悲鳴でハッとすると、すぐ目の前にゾンビのようになった人間が襲い掛かろうとしていた。
「うわあああ」
弦音もまた悲鳴をあげる。
弦音と樹里はほぼ同時に座り込んでしまった。
その伸びた爪が弦音たちの襲い掛かろうとする。ほんの一瞬の出来事に過ぎなかっただろう。けれど、えらく長く感じられた。
知らない生徒だったが、弦音と同じ高校生。さっきまで文化祭を楽しんでいたはずの少年が血の気を失い、不気味なうめき声をあげながら襲い掛かろうとしているのだ。恐怖でしかない。
食われる。
そんな直感が弦音の中で過った。
その腕が弦音に届こうとしてときに、その生徒は思いっきり横に飛ばされた。
弦音が顔を上げると、野風が足を地面におろしていた。どうやら蹴り飛ばしたようだ。
「ぼーっとしている場合じゃないよ。早く桃史郎と合流したほうがいい」
「店長?」
「ああ、そこで結界を張ってもらう。走るよ」
野風が走り出す。
「あつ。まてよ」
弦音は樹里の腕をひっぱって立たせると彼女を追いかけて走り出した。
その間にも野風は迫りくる敵を格闘術で倒していく。その動きは美しく軽やかだ。
「ねえ。なんでみんな急に倒れているの? 吹き飛ばされているけど」
樹里が疑問を投げかけている。
「知らない。俺はなにもしらない」
正直説明しようがない。
「ああああ、ツンツンだああああ」
その時だった。ナツキが大きく手を振っているのが見えた。その後ろには桃史郎と山男の姿がある。
「状況は?」
桃史郎はすぐさま野風に尋ねる。
「大丈夫だ。尚孝がついた」
「そうか」
「杉原。この人は?」
樹里は怪訝な顔で弦音を見る。
「この人は」
なにかを言う前に桃史郎が樹里に微笑んで見せた。
「うーん。面倒だから君、お昼寝しててね」
そういうなり、一枚の札を樹里の額に張り付けた。すると、樹里はそのままふらりと地面に倒れてしまった。
「江川? おい」
弦音は驚く。
「大丈夫だよ。彼女には眠ってもらったから。これでゾンビたちに襲われないはずだ」
「その後ろの連中もか?」
野風が尋ねる
「ああ、おかげで大変だったよ」
そういわれて桃史郎たちの背後を見ると、皆眠ってしまっているようだ。
「さてといこうか。あの子の封印もしなおす必要がありそうだからね」
「封印?」
弦音は首を傾げる。
「弦音くん。君はここにいなさい。野風。山男。頼めるかな」
「ああ、大丈夫だ。主のことを頼む」
「まかせておいて。いくよ。ナツキ」
「はーい」
そういうと桃史郎とナツキはグランドへ向かって駆け出した。
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