13・恐

 武村のすぐ目の前にある刃の先が異様なほどにぎらつかせ、それを持っ朝矢の眼がこちらを威嚇し続けている。


 動けない。


 一歩でも動けばその餌食になるのではないかという恐怖が武村の中であふれかえってくる。


 有川さん?


 有川さんを恐れている?


 いや違う。


 武村はもう一度朝矢を見た。


 朝矢は己の持つ刀を向けたままで、まっすぐにこちらを見ている。そらすこともなく、ただ武村を見る。


 最初は殺意を向けていると思った。


 威嚇し、ただひたすら恐怖を武村に植え付けようとしている。


「なにかに怯えているのか?」


 武村がそう口を開いた瞬間に朝矢は眉間に皺を寄せた。同時に刀が武村の腕を切り裂いた。切り裂かれた腕からは血の代わりに無数の黒い蝶が飛び立ち、武村の腕を消していく。



 この身体は、桃史郎に与えられた器ではない。


 それが武村にもはっきりとわかる。


 一瞬で変わってしまったのだ。


  謎の黒い髪の女にふりた瞬間に武村の魂を入れていたマネキンの器が崩れ去り、その代わりに黒死蝶で形取られた器の中に武村の魂が放りこまれてしまった。


「怯えている? 俺が? お前に」


「そうじゃない。君が怯えているのは……。その……」


 朝矢は突武村のすぐ前の地面に刀をつきたてた。


 そのまま、膝をつく。


 どうしたのだろうか?


 その間に、さっきまで倒れていたはずの生徒たちが動き出し、朝矢たちの周囲へと集まり始める。


 朝矢の肩が上下する。息遣いも荒く、刀でどうにか上半身を起こしている状態だ。


 彼の状態が悪くなるにつれて、その妖気が増していく。


 まるでゾンビのような動きをする生徒たちが近づいてくる。


 遠くで愛美たちが朝矢の名を呼んでいる。



 朝矢の耳にもその声がはっきりと聞こえてくる。その声に覆いかぶさるように別の声が響く。


 愛美たちが外から放つ声だとするならば、その声は内からあふれる声だ。


 よこせ


 その身体をよこせ


 

 声が聞こえる。


 一つ目の門を通り抜けたそれは二つ目の門を壊そうとしながら、いますぐによこせといっているのだ。


『そのほうがいいぜ。だって、お前の霊力なくなったからな。このままだと、ここにいるやつらぜーんぶ死んじゃうかもしれないぞ』


「黙れ」


 朝矢が声を張り上げた。


 その声は武村を怯えさせる。


「黙れ」


 そういいながら、朝矢が立ち上がりながら刀を握り締めた。すると、刀は弓へと変化を遂げる。


 そのまま、立ち上がった彼は、その矢先を武村に向けた。


 弓を握る手。その腕を覆うように文様が刻まれている。


 鱗だ。


 まるで魚のような鱗の文様が青白く刻まれているのだ。


「それが怖いのでござるか?」


「うるせえ。黙れ」


 朝矢は叫びとともに矢を放った。


 矢は武村のすぐ横をかすめていき後方へと飛んでいく。そのまま、武村の背後から近づこうした生徒の一人の胸に突き刺さる。その生徒はそのまま地面に倒れこんでしまった。



 武村がはっと振り返る。


 その矢に射貫かれて倒れた生徒を見た別の生徒たちが驚いたように後ずさる。


「有川くん?」


 武村が朝矢を見る。


「殺したのござるか? 人間だ。あれは操られているけど人間じゃないのか?」


 武村は憤りを覚え、声を荒げた。


 朝矢はただなにも言わずにじっと、倒れた生徒を見つめているだけだつた。


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