9・操

 人の霊気を吸った黒死蝶をある程度消し去った愛美たちが朝矢のほうを振り返った。すると、朝矢が黒死蝶が作り上げた人型の腕を素手で引きちぎり地面に投げ捨てている姿があった。


 そのすぐそばで弦音と一人の少女が尻餅をついていた。


 弦音と彼のすぐそばにいた少女に早く逃げろと叫んでいる朝矢のドスの効いた声が愛美たちにはなにかを我慢しているようにしか思えてならなかった。


「朝矢?」  


 愛美は彼の名を呼ぶ。しかし、彼にはまったく届いていない。


「朝矢」


 愛美の中で底知れぬ不安が過ってくる。


 すぐさま朝矢のほうへとかけだそうとするが、それを黒死蝶が阻んでくる。愛美は自分の手に持っていたステッキを思いっきり振る。集まっていた黒死蝶は分散する。しかし、再び集まってくる。


「邪魔あああああ。私は朝矢のところに行きたいのよ!!!!!!!!」


 愛美の手からステッキが消え去り、クナイがいくつも現れる。


 それをすかさず投げ入れる。クナイは彼女の手を離れた直後に無数の分解していき、蝶たちを貫いていく。消え去る蝶。また現れる蝶。


「あああ、むかつくううううう。そんなに私と朝矢の仲を引き裂きたいのおおおおおお」


「いや、そういう意味じゃないわよね」


 桜花は愛美と背中合わせになると、カードを投げつける。カードは蝶たちの群れの中心で止まると、破裂するかのように消え去ると同時に色とりどりの粉が舞い散る。すると、蝶たちが消えていく。


「おりぁぁぁぁあ。けんど、まったく減らんでえ」


 消えさったかと思うと再び出現する。それが繰り返されていくばかりだ。これをどうにかしないと、なにやら不穏な流れになっている朝矢のところへと逝けない。


「よーし、ここは私の歌声で」


「それダメじゃなかった?」



 桜花が指摘したように愛美はすでに試している。舞台を降りてすぐに蝶たちの動きを止める歌を奏でていたのだ。しかし、彼女の歌は一瞬。その効果は歌が消えるとともに失われたちまち羽ばたきを始める。


「今度は眠り姫の歌でもするかしら」


 愛美はクナイを投げる。


「あんた、霊力なくなるわ。ただでさえ、奪われているのに」


 桜花はカードを投げる。


「そうね。でも、どうするのよ。これ」


「あああああああ」



 突然成都が叫んだ。


「どうしたの?」


「うるさいわよ。シゲ」


 愛美たちが成都を見る。


「おいおいおいおい。なんじゃこりゃああああ」


「そんなに喚くこと?」


 桜花があきれてため息を漏らす。


「うーん。朝矢のクールさを見習ってほしいわ」


 愛美もまたうんざりげにいう。


「でもさあ。これって」


「見ればわかるわよ。ただ気づいただけじゃないわよね。これ」


 愛美たちが一か所に集まり、背中合わせになる。


 その周辺にいたはずの蝶たちがいなくなり、さっきまでぐったりと倒れていたはずの生徒たちが次々と起き上がり始めたのだ。その様子はまるで操り人形のように身体を揺らしながら立ち上がってくる。


 その顔色は異様に青く、目元には黒くクマができている。


「もうううう。私と朝矢の邪魔しないでええええ。すぐに行きたいんだよ。目の前にいるのにいいいいい」


 愛美の視線の先には朝矢がいる。


「ああああ。なにいいい。あの女あああああ」


 しかも朝矢のすぐ傍らには黒い衣装で身を固めた怪しげな女がいるではないか。


 それを目撃した直後に突然動きだした生徒たちに視界を遮られる。


「朝矢ああああ。私というものがありながらああああ。浮気もおおおお」


「いや違うやろう」


「うん、違うわ。明らかにあれは人間じゃないわね」


「うううう。もう、ひどいひどい」


「本当に愛美は……」


「ハハハハ。通常運転やなあ。でも、愛美はん反応見ている限りじゃ、あせらんでもええやろう」


「そうね。とにかく、この子たちをどうかしましょう」


 起き上がった生徒

 たちはまるでゾンビのように愛美たちにゆっくりに迫ってきていた。


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