10・素

 霊力を取り戻した桃史郎は立ち上がるなり、自分の周辺を取り囲みはじめた黒死蝶を札を投げて祓い去っていく。そのすぐ傍らには一人の成人男性がいる。褐色の肌に金色の髪。二本の角を生やした長身の男の姿はまさに鬼だ。鬼が桃史郎を守るかのように黒死蝶どもを手に持っていた金棒で次々と消し去る。


「きりがないぞ。桃史郎」


 

 鬼と陰陽師。


 本来ならば、敵対関係にあるはずの二人が背中合わせになり、周囲ほ取り囲んでいる黒死蝶を警戒する。彼らのすぐそばには一匹の狼。白銀の毛色を持つ獣が蝶を威嚇している。そのためか、蝶は桃史郎たちを取り囲んではいるが、それ以上は近づこうとはしなかった。


「まずいねえ」


「そりゃあ、まずいだろう? 俺たちは包囲されているぞ」


 桃史郎の言葉に鬼が反応する。


「そういうことじゃない。朝矢くんだよ。まずいのは……」


 白銀の狼=山男は黒死蝶を警戒しつつ、桃史郎に耳を傾ける。


「ああ、朝矢くんの霊気が消えた」


「それは食われつくしたということか」


 山男が尋ねる。


「そういうことだ。第一の門が開いた」


「でも、まだ門は何層もあるだろう?」


 鬼が言う。


「ああ。それぐらいにしないといけなかったからね。でも、一つの門が開いただけでも、あれの指一本ぐらいはだせるよ」


「大丈夫だ」


 桃史郎は山男のほうを見た。


「わが主が指一本で屈するものか」


「そうだね。あの頃よりもだいぶん強くなっているからね」


「それよりもこいつらをどうにかしよう。埒があかぬ」


 山男のいうようにすでに桃史郎たちの周辺は黒い壁で覆われていた。


「そうだね」


「俺が一掃しようか」


 鬼は金棒を肩に掛けながらいう。


「お主がか? 大宰府の鬼よ」


「大宰府の鬼? 俺には主から与えられた立派な名前があるぞ」


 鬼が不適な笑みを浮かべながらいう。


「そうだね。任せらたよ。那津鬼ナヅキ


「ああ」


 鬼は金棒を肩から外すと、桃史郎たちから距離を取ると。思いっきり天へ向けて金棒の先を向けた。



「天神を父とする那津鬼が命ずる。我の元へ集え雷よ。すべての邪心を祓いたまえ。来電」


 鬼がそう言い放つと先ほどまで晴れていたはずの空に一気に雲がかかり、たちまち雷が彼らの周辺を囲んでいた黒い壁に落ち、一瞬にして壁が消え去っていく。そこには、いまだに気分が優れずにぐったりとしている生徒たちとそれを抱擁している生徒の姿がある。


「よくやったね」


 黒死蝶の姿はどこにもないことを確認すると、桃史郎は鬼のほうを見る。


 鬼はなぜか座り込んでいる。同時にその姿が徐々に小さくなっていき、大人だったはずが小学生ぐらいの子供に変化した。


「よくやったね。ナツキ。大丈夫かい?」


「大丈夫だよ。久しぶりに本性だしたから、少し疲れただけだよ」



 いつものように無邪気な笑顔を向けたナツキは立ち上がり、ついた砂をポンポンと払いのけた。



「さて、尚孝のあとを……。いけそうもないね」


 桃史郎の耳に木霊したのは悲鳴だった。その直後のすぐ目の前でひとが倒れる。目は恐怖に見開かれ、肩から血が流れ噛んだような跡が見られた。


「なに? どうしたのよ」


「おい、なにをする」


 周囲から怒りと恐怖の声が上がる。


 見るまでもない。


 さっきまでぐったりと倒れていたはずの生徒たちが身近にいた人たちの首にかみついたのだ。かみつかれたものは激痛だといわんばかりに悲鳴を上げながら、意識を失い倒れこむ。


「なにが起こっているの?」


 ナツキが桃史郎のほうを見る。


「うーん。なんだろうね。これってまるで吸血鬼だね」


 相変わらずのんびりした口調でいっているようだが、その目は真剣そのものだつた。


 気が付けば、今度は生徒たちが桃史郎を取り囲んでいる。


その姿は青白くゾンビそのものだった。


「これこそゾンビ○○○サガだあああ」


「おい、陰陽師。ここは東京だぞ。アニメの見過ぎだ」


 空かさず山男のツッコミが入る。


「どうするの? とうさん。また本性だそうか?」


「それはやめたほうがいいね。この人たちはただの人間だよ。どうやら操られているみたいだ。うーん。尚孝いかせるべきじゃなかったかなあ」


「なぜ?」


「だって。この人たちはただの人間。霊力ゼロの尚孝にも見えるだろう?」


「確かにな。ならば。どうする?」


「うーん。とりあえず、道を開けさせるしかないね」



 そういいながら、桃史郎は一枚の札を取り出した。





「われの名は土御門桃史郎。我の名と命において現れいでよ。太陰」


札を尚孝の駆け出した方向へと投げると、突然一人の女性が姿を現した。白い肌に金色の髪をなびかせながら優雅に宙を飛び、一直線に向かっていく。その度に彼女の体内から風が生み出されていき、ゾンビのように彷徨い始めた者たちを次々と風で押し倒していく。


 ゾンビのようになった人間たちは風に押されて、桃史郎たちに道を開けながら次々と倒れていく。


 しかし、すぐに起き上がろうとした。


「いくよ」


「あいつら、おそらく健全な人たちを噛むぞ」


「大丈夫。本元をつぶせば元に戻るさ」


 果たしてそうだろうかと山男は疑問に思いながらも桃史郎に続いて駆け出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る