5・蝕

 深い闇の中で朝矢に絡みつくものは鱗の模様をした太い紐のようなものだった。


 身体の自由を奪い、両手両足を広げた状態で釣り上げられている。

 

 その状態で顔を向けた先には二本の刀が地面に突き立てられている。その間には何重にも覆われた檻があり、その中でだれかが座り込んでいた。


 その誰かが立ち上がると柵を掴んでガタガタと動かしている。


――ケケケケ


 檻に捕らわれているというのに、その人物の声はいかにも楽しそうだ。


――どうするよお。どうする? 坊主


 檻の中の人物が小ばかにしたように尋ねる。


「うるせえ。だまれ」


――相変わらず、口が悪いねえ。俺様が手伝ってやろうっていってんだよ


「冗談じゃない」


 朝矢に絡みついている紐さらに身体を締め上げていく。その度に朝矢は顔を歪めた。


——苦しそうだなあ。まあどちらにしても、このままだとお前の霊気全部吸われてしまうぞ。そうしたら、あの蝶女がおまえを奪いにくる。


「それはてめえの本望じゃねえだろう」


――そうさ。本望じゃねえ。蝶女におれさまの領域に踏み込ませてたまるかってんだよ


「ここは俺の領域だ。いつまでもてめえをすまわせておくつもりはない」


――ケケケケ。よくいうよ。俺様を祓う力もねえ。ひよっこがよお



 奥の檻の扉が開くと同時にその人物が出てくる。


まだ何重にもある檻の中。


何重にも重なる柵の向こう側だが、その姿は朝矢にはよくわかる。


 その姿は朝矢に似ていた。いまの朝矢よりも随分と若く十代前半といった小柄な少年の姿だった。その額には一本の角がある。


 朝矢は目を見開く。


――そう驚くことはねえよ。お前の霊力でできた檻なんて簡単だぜ


それからさらに歩み出ようとしたが、次の扉を開こうとしたところで彼は何かに押されたように後退する。


――面倒だな。何重にも作りやがって、しかも最後のあれだ。本当にむかつくぜ。あの陰陽師どもめが。




一本角の少年が顔を歪めながら、檻の外側にある二本の刀を睨み付ける。



 

——まあいいさ。その必要はいまはねえか


 そういいながら、一本角の少年が朝矢を見る。


――俺様自身はここから出られなくても、多少なりとも俺様の力を送れるんでね


 朝矢は眉をゆがめる。


――だから、奪われるわけにはいかねえんだよ。力を貸してやる。ちなみに拒否権はなしだぞ。



 一本角の少年が手のひらを朝矢に向かって掲げた瞬間に身体を締め付けていた紐が分解するかのように消え去っていった。。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る