4・奪

「くそお。ふざけてんじゃねえよ」


朝矢は弓矢を取り出すと自分に向かってくる蝶の群れに放つ。矢は蝶の群れの中に吸い込れていき、蝶を一気に分散させた。蝶が散らばりながら溶けていくが、すぐさま別の蝶たちが迫ってくる。



「キリがねえよ。こいつら」


朝矢が舌打ちをして睨みつけていると、蝶たちがすぐ目の前で止まり、なにかを形どり始める。


朝矢は眉を歪ませる。


やがて蝶は人の形を取り、一人の少女が姿を現した。長い黒髪。黒い目。白い肌をした痩せた少女。見覚えはまったくない。


それなのに少女は朝矢を知っているふうで口元に笑みを浮かべている。その表情に苛立ちを覚えずにはいられない。朝矢は矢先を彼女へと向ける。しかし、彼女の姿が忽然と消える。


 いつの間にか朝矢の身体は少女によって拘束されていた。

 

 朝矢が視線だけを彼女に向けると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 すると、たちまち全身の力が抜けていくのが感じた。

 もっていた弓矢が消え去り、意識が朦朧としていく。


 その薄れ逝く視線の先には、一人の少女が巨大な蝶へ引きずられていく姿とそれを止めようとする少年の姿。


 行かないといけない。


 あのままだったら、彼女が戻れなくなってしまう。


 それを知りながら、朝矢の身体は動かすことができなかった。


 奪われていく。


 朝矢の中の霊気がすべて根こそぎ奪おうとする黒い蝶。もがこうとしても怠惰感が激しい。


 どうすべきか。


 朝矢は考える。


 周辺にはぐったりと倒れている生徒たち。そのすべてが蝶によって霊気を吸われてしまっているようだ。

 

 彼らの霊気を吸った蝶たちが膨れ上がり、人とさほど変わらない大きさへと変化していく。それを成都たちが撃退していく姿が見えた。


 霊気がすべて吸われたとしても人間がすぐ死ぬわけではない。ただ昏睡状態になるだけでしばらくすれば目覚めるだろう。その後は普段と変わらない日常を過ごすことはできる。

 ただし何もなければの話だ。


 もしも昏睡状態のうちに肉体を傷つけるようななにかが起こったりすれば、たちまち生命に直結してしまう。


 例えば、人の大きさに進化した蝶が、人間の肉体を食らいつくようなことをすれば、霊気だけでなく命も失いかねないのだ。

 

実際に人の大きさとなった蝶がぐったりと倒れている生徒たちに食らいつこうとしている。それを成都たちが排除している最中だった。


――ほしい


朝矢の耳元で声がする。


――ほしい。その器がほしい。その器かあの女の器か


あの女?


その言葉に朝矢は反応する。


自分ならわかる。


 自分は彼らにとってはそういう存在なのだ。


 ならば、自分以外で似たような存在と認定されてしまったものがいるとすれば……。


朝矢の視線は大型蝶へと引きずられていく少女の姿を見る。


「ああ、そうか。くそっ、せからしかことになっとるやないか」


 どうしたものかと思案する。


 随分と霊気が座れている。このままだと昏睡状態に陥ってしまう。その間にこの糞みたいな蝶の女に器を奪われるかもしれない。


 そうはならないな。


 それは確信だった。


 でも、まじでヤバイぞ。


 意識が朦朧とする。


「朝矢」


 近づいてくるのは愛美だった。


 間に合うのか。


 間に合わないとすれば



 ドクン



 そのとき、心臓の鼓動が聞こえてくる。


――ケケケケ 


 不気味な声が響いてくる。


――もうすぐだぞーー


 傲慢で朝矢を揶揄するかのような声


――もう限界だろう


 嫌な声だ。


 虫唾が走る。


 朝矢の意識が闇の中へと吸い込まれていった。

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