3・奏

 黒い蝶が舞っている。一羽なら美しい。しかし、それが数千羽となると話は別だ。ほとんどの人間が地面に倒れて、かろうじて意識のあるものたちは頭を押さえてうずくまっている。


「有川さん……」


「おい」


 ボーカルとして歌うはずだった青子はどうにか立っているようだが、ギターやベースを弾いている少女たちはすでに意識を失っていた。その中で唯一キーボードの音だけが響き渡っている。


「お前か」


 朝矢は青子からキーボードを弾き続けている三神のほうを見る。


 しかし、彼女は朝矢のことなどまったく見ていない。というよりもだれも見ているふうでもなく、キーボードのみに視線を向けて、一心不乱にひきづつけている。その周辺にも蝶が舞い続けていた。


「三神さん? どうしたんだよ」


 弦音が思わず近づこうとすると、彼女の周辺を舞っていた蝶がまるで壁でも作るように集まってきた。


「うわっ」


 弦音はバランスを崩して後方へと倒れ尻餅をつく。


「こいつやな」


 成都が槍を振って、壁を作り出した蝶を切り裂いていく。蝶は直後にきえるもすぐさま壁を作る。


 気が付けば、蝶の群れが彼女の周辺に集まっていき、小さなドームの壁を作り上げていた。


 そこから音が響く。


 最初はゆっくりだったメロディの音のテンポが徐々に速くなっていき、音量も増していく。それと比例するかのように蝶が次から次へと出現していき、朝矢たちに襲いかかる。


 なんとか追い払おう試みるもまったく追いつけずに朝矢たちの身体に大量の蝶が張り付いていった。


たちまち力が抜けていき、膝をつく。


「ふざけんじゃねえよ」


 そんな最中でただ一人膝おれすることなく立っていた朝矢は、刀を思いっきり地面へと突き刺した。すると、刀から光が放たれ、朝矢の周辺にいた蝶たちが逃げるように離れていきドームへと吸い込まれていった。


「朝矢。意味なかったみたいやで」


「うるせえ、助かったからいいだろう」


 その光は成都たちに張り付いた蝶を退ける効果があったらしく、彼らも立ち上がる。その中で弦音だけがなにが起こっているのかわからずに呆然と周囲を見回していた。


 舞台から観客のいるほうへと視線を向けると、ぐったりと倒れている人たちの中で麻美を抱えたまま佇む武村がこちらをじっと見ている姿があった。少し右のほうへと視線を向けると、後藤や白石が倒れている。その横で座り込んでいる樹里に膝枕するように倒れている少女たち。


「江川?」


 ただなにが起こったのかわからずに呆然としている樹里の姿を見た瞬間に弦音は思わず立ち上がるなり彼女の元へ向かうためにステージから飛び降りた。


「杉原。お前」


 朝矢が呼び止めるも聞こえてはいない。


 蝶が舞う。


 彼女のすぐそばにも蝶が舞い、弦音の行く手を阻むかのように蝶が襲いかかってくる。

それを払いのけながら、彼女の元へと走った。


「ほほお。これは愛のちからってやつやなあ。なあ、さくら」


「ふざけてたこといっていないで、蝶たちを蹴散らすわよ」


 桜花がクールに答えながら、無限にやってくる蝶たちを祓っていく。


「朝矢。根源どうにかしろや」


「うるせえよ。やれるもんならとうにやってる。くそっ!あのキーボードが根元なのはわかってるんだけどよお。蝶が邪魔しやがる。とにかく、いったん舞台からおりる」


 朝矢はもう意識を失った青子とその友人一人を抱えて舞台を飛び降りる。


「きゃあああ。青子抱えるなんてええ。私も抱えてえ♥️」


「ふざけたこといっていないで、そこにぐったりとているやつ逃がせよ。ボケ」


 そういわれた愛美はムッとしながらもそばで倒れていた少女に肩を貸し、そのまま舞台を飛び降りる。


「おいおい。どないしたんや」


「バカ。後ろ見てよ」


 桜花に促されて成都が背後を見るとすでに蝶の群れが壁を作ってせまってきていた。


「そういうことね」


 桜花と成都が飛び降りた直後、舞台全体が黒い蝶によって埋め尽くされ、たちまち形どり始める。


「うひょー。すごいなあ」


 成都は思わず感嘆の声を上げる。


「江川。大丈夫か?」


 その間に樹里のほうへと向かった弦音が話しかける。



「杉原? これはなに?」


 愕然としている彼女だが顔色はさほど悪くない様子だった。


「江川。お前なんともないのか?」


「なんとも? どういうこと」


「おい。お前」


 樹里の問いかけに重なるように朝矢の声が響く。


 ハッと顔を上げるとなぜか真剣な顔をしている朝矢の視線が、樹里に注がれていた。


「ちっ。杉原。お前この子を連れて逃げろ」


「はい?」


「とにかく逃げろ。そうじゃないと……」


 朝矢がなにかを言いかけたとき、突然黒い蝶が朝矢へと突進してきてた。朝矢は瞬時に刀をもって防ごうとするが、大量の蝶。あっという間に押し飛ばされてしまった。


 そのままグラントほ囲んでいたフェンスに激突する。


「有川さん」


 弦音がそちらに視線を向けているうちにすぐそばで悲鳴が上がった。


 はっと振り向くと、さっきまでそばにいたはずの樹里の姿がない。


「江川?」


 弦音が次に視線を向けると、樹里が武村によって巨大な蝶の中へ引きずられようとしていた。


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