2・欲
―― あの子がほしいのよね
その女は武村の耳元でささやきながら、指先を麻美のほうへと向けていた。さっきまで隣にいたはずの麻美がそばにいない。いつの間にか、ひとりの男友となにか話をしている姿が見えた。
――早くしないとあの男に取られてしまうわよ
あの男はだれだろうか。
武村の脳裏には、恋人同士という単語が響く。
恋人同士というものはどんな意味だったのだろうか。遠い昔、自分が生きていたころにはなかった言葉だ。
愛し合うもの同士が寄り添うというものはありえない。ただ親のいわれるままに嫁をめとり、一族を途絶えさせないようにすること。戦って一族を生かすこと。
ただそれだけのことだった。
だから、武村は生前許嫁はいたのだが、恋慕するということはなかった。ただ決められるままに婚姻を結び子をなすだけだ。
そんな人生が終わり、長きにわたり彷徨った果てにようやく目覚めた感情。ただひたすら恋慕し、独占したいと思うのはごく自然のことだ。
――早く、早くあなたのものにしなさいよ。私が手伝うわ
早く
早く
手に入れたい
彼女のすべてを手に入れたい。
武村の足が男と楽しげに話している少女のほうへと向かう。
武村の身体を覆い隠すかのように黒い蝶が張り付いて離れなくなってていた。やがて武村を形どっていた義骸がボロボロと崩れ落ちていき、魂のみ存在へと戻っていく。
黒い蝶は魂を中心に新たな身体を生み出していく。
──その代わり、お願いがあるの。あなたがあの子を手にいれる代わりに、私にもあの子を頂戴。そしたら、あなたの恋を成就させてあげるわ。
武村の耳に響く声。
奪う
奪う
すべてを奪い食らいつく
武村の良心が失われていく。
ただ野心のままに
ただ本能のままに
新たにつくられた肉体が少女のほうへと手を伸ばしていた。
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