12・門
1・罠
「まずいことになったみたいだ」
そのころ、桃史郎たちは会場のほうへと足早に向かうことにした。けれど、まったくというほどに進まない。とにかく人が多いのだ。
たかが学校の文化祭に人がこんなに集まることがあるのか。まるで渋谷で祭りでも行われているような込み合いだった。
「東京ってこんなものなのか?」
尚孝が問いかける。
「どうだろう? 僕も東京の高校の文化祭なんて初めてだからね」
まずいといいながら相変わらずのんびりした口調だ。
それでも尚孝には彼が焦っているように思えてならない。
だけど、焦れば焦るほど足止めを食らうものだ。
人が多い。
多すぎる。
全く進まない。
なにかがおかしい。
「尚孝……」
「なんだ?」
「君は走っていけるよ」
「はあ?」
そういいながら、一枚の札を取り出すと呪文を唱える。
するとさっきまで人だかりだったはずなのに、まるで尚孝たちに道を開けるようにばらけていく。
「なんだ?」
突然の光景に尚孝は愕然として桃史郎を見た。すると、桃史郎がよろける。
「おい。桃史郎。どうした?」
尚孝は桃史郎を支える。
「どうやら罠にはまったみたいだよ」
声も弱弱しい。
「この僕がね」
「なにいっているのかわからない」
「君は本当にラッキーだよ」
「どういう意味だ?」
「気づかないかい? 周りを見てごらん」
桃史郎にそう言われて周囲を見回した。
すると、さっきまでにぎやかだったはずの声が聞こえなくなり、周辺のだれもがぐったりと倒れているではないか。
何の別条がないのは、桃史郎を支えている尚孝だけのようだ。
「はははは。やっぱり、いまの僕じゃだめみたい。まさかここまで落ちているなんて思わなかったよ」
桃史郎が皮肉に笑う。
「どういうことだ」
「黒死蝶だよ……」
その言葉に目を大きく見開き、再び周囲を見回す。なにもない。
うなだれる人たちの姿があるものの彼のいう黒死蝶の姿はまったく見えなかった。
「アヤカシか?」
「たぶんね。大量にいるよ。大量に人々の霊気を吸い取っている。この僕にもついていたから追い払ったけど、けっこう吸われたみたいだ」
そういいながら、桃史郎の膝がおれた。
尚孝が支えきれず、桃史郎は膝をつく。
「おい。桃史郎」
「大丈夫。もうすぐ来るから霊力は回復する」
桃史郎は尚孝を見た。
その顔は真っ青でいつになく生気がない。
それでも、笑っている。
余裕ではない。
桃史郎の習性だ。
いつも笑っている。
いつも呑気で飄々としている。
「霊力によってくるから、君にはまったくついていないね。素通りしてる」
「なんか。あまりうれしくないな。スルーされているってことだろう」
尚孝はムッとして見せた。
「それよりも早くいってくれるかい」
「俺が行ってどうなる」
「どうにかできるさ」
そういいながら、桃史郎は札を取り出すと呪文を唱える。すると札が拳銃へと変わる。
「たぶん、黒死蝶を呼び出した呪物があるはずだ。これで壊すんだ」
尚孝は拳銃を受け取る。
「呪物なら俺でも見えるからな」
「そういうこと。頼むよ。さて、来たみたいだ」
桃史郎がいうと、彼らのそばにいつの間にかナツキの姿があった。
桃史郎と同じように笑顔を浮かべていることの多い彼だが、今回は笑顔もなく無表情で桃史郎たちを見ている。
「補給が必要か?」
口調も変わっている。
子供の姿をしているというのに、その口調は大人そのものだった。
「ああ、頼めるかな」
ナツキは尚孝のほうを一瞥するとわかったといって、桃史郎に触れた。
「尚孝」
「ああ。分かった」
尚孝は桃史郎たちに背を向けると会場のほうへと駆け出した。
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