8・音が途絶えない
「うわっうわっ」
黒い蝶が舞う。一匹だったと思っていたら、いつのまにか大量の黒い蝶たちが舞台袖に出現した。ただひたすら手で追い払う弦音の肩にいた金太郎が蝶に蹴りを入れると蝶が砂のように消え去っていく。
「おまえなあ。それだけじゃ、祓えねえぞ」
次から次へと消していく金太郎に対して、弦音がいくら手で追い払っても一瞬距離を取っただけですぐに戻ってきてきて弦音の身体に留まろうとする。それを金太郎が祓うという感じが続いていた。
「おい、てめえ。そいつにばかりさせてんじゃえ」
刀で黒い蝶を切り裂きながら、朝矢が怒鳴りつける。
朝矢の背後にはすでに気を失っている生徒たちの姿がある。どうやら守りながら蝶を排除しているらしい。
朝矢から別の方向へと視線を向けると、“レッド”のメンバーが同じように武器らしきものを出して、蝶たちを追い払っていく。
なにもできずにいるのは自分たけのようだ。では一体どうすればいいのか。
弦音にはさっぱりわからない。
弦音が逡巡しているうちに舞台袖にいた大量の黒い蝶が消え去っていく。
朝矢が舞台のほうのほうへと上がった。
まだライブ中だ。キーボードの音が響いている中で勝手に飛び出すという予定はない。
キーボード?
朝矢は蝶を祓いながら、キーボードの音のみが響き渡っていたことが気になった。それなりに時間が経っているにも関わらずに、ボーカルの声もギターやベースの音も聞こえない。突然の蝶の出現で音が止まる気配もない。
いやそもそも蝶が普通の人には見えない類のモノだから、なにも気づかずに演奏が続いていたもおかしくはない。もちろん、それがこの舞台袖の控室のみで黒死蝶とよばれる“アヤカシ”が出現しているという条件でのことだ。
もしも、会場すべてに黒死蝶がいるとするならば、祓う能力を持たない者たちは持っている霊力を吸われてしまい、控えで倒れている生徒たちのように意識を失っているはず。それは舞台の上にいる青子たちの例外ではないだろう。
それなのにキーボードがのみが響いている。
いや異様に響いているのだ。
朝矢はある可能性に気づくと舞台のほうを見る。
舞台袖から最初に見えるのがキーボードを弾く三神の姿。なぜか一心不乱にひいている。
しかも、予定ではない朝矢もしらない曲を弾いていたのだ。
朝矢はある程度の黒死蝶を蹴散らすと舞台のほうへと駆けあがる。
すると、朝矢の眼に飛び込んできたのは、一心不乱にひき続ける三神の姿と彼女のバンド仲間がぐったりと床にうずくまっている姿だった。
そこには黒い蝶の姿はない。
けれど、視線を舞台を見ているはずのギャラリーたちのほうを見ると、大量の黒い蝶が人間すべてを覆いかぶさるかのように待っている姿が見えた。同時にここを訪れていた人間たちが次々と地面に倒れていくのが見えた。
「有川さん」
「朝矢」
思わず愕然とする朝矢のいる舞台にあがる弦音たちは、生気を失って倒れている人々の姿とそのうえを舞う蝶たち。
そして、なぜか麻美を抱えたまま、武村が立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます