7・戦禍の中

 キーボードを皮切りに、ほかの楽器が音を奏でるはずだった。しかし、次の音を出すことができなかったのは、聞いたことのないメロディを三神が奏でだしたからだ。


 曲調的に古い曲で昭和の匂いがするものだったことに、だれもが騒然とした。


 いつものんびり屋の青子でさえも驚いた顔で三神のほうを振り返ったのはいうまでもない。


 会場に集まったひとたちも何の曲なのだろうとお互いに顔を見合わせながら問いかけるもだれも答えを知らない中で、武村だけが聞き覚えがあった。


 もちろん生前の武村の知るものではない。死後この世をさ迷っていた中で聞いた曲の一つだった。もちろんいま歌われている曲ではなく数十年の昔の曲だ。


 なんというタイトルの曲なのかはわからないがどこか好戦的で、武村の脳裏には残酷な映像が浮かび上がってくる。


 残酷な映像。


 それは武村が肉体をもっていたころの戦いよりも激しく残酷なもののようにおもえたのは、戦う意志をもって武器を振るったものではない人たちが無残に死んでいく姿だ。そこには女子供関係なく、血が流れ、家が瓦礫となっていく。空からは無数の爆薬。


 これはいつの時代だったのだろうか。


 見ることしかできなかった光景。

 

 武器を持つことのできない人たちを守ろうとしてもすり抜けていくばかりだ。手を伸ばした先にいる人たちが無残に殺され。その魂がさまよい歩く。


 なにもできずに自分と同じように無念だけを残しながら断末魔の叫びをあげる。おそらく彼らも死んだことを知らない。

 

 そのときの自分のようになぜすり抜けてしまうのかも考えることもなく、泣きわめき逃げまどっている。


 そんな中で聞いた音があった。


 ピアノの音。


 やめることなく聞こえるピアノの音に武村は自然と引きずられていく。武村だけではない。死んだことを知らない人たちが救いを求めるように音のほうへと向かっていくのだ。


 やがて、音のするほうから無数の蝶たちが飛び出してきた。黒い蝶が近づいてくる魂の元に触れて、たちまち魂たちが蝶に吸い取られるように消えていく。


 

 武村の元にも蝶が近づいてくる。武村がそれに触れようとしたとき、やめたほうがいいとどこからともなく声がした。

 

 武村が振り返るとそこには狩衣姿の年若い男がいた。


「陰陽師?」


 武村が尋ねると男がうなずく。


「君を成仏させたいけど、この戦場下の中では君は後回しだ」


 なにを言っているのかわからなかった。


 黒い蝶がその陰陽師の周囲を取り囲む。ピアノの音がさらに大きくなる。それと同時に女の声が聞こえてきた。


 ——早く。早くうまくならなきゃ。叱られる。おとう様に叱られる


 焦りと悲しみ


 その女の声が戦火のなかで最も響いていた。


 その声と陰陽師の唱える呪文が交差する。


 その瞬間に武村は現実世界へと引き戻された。



 戦火ではなく、普通の学校のグラウンドに制服を着た生徒たちが戸惑っている姿が周囲を囲んでいる。


 あの時の音だ。


 そのとき、武村はやるべきことに気づく。


「みんな」


 声を張り上げようとした瞬間、突然意識がぐらついた。


 肩になにかが乗りかかっていることに気づき振り向くとそこには蝶がいた。一匹の黒い蝶。最初は小さいよく見る蝶だったはずが一瞬でそれは人の形を取った。


 女性だ。


 黒いドレスと黒い羽根を持つ女性は、武村と目があった瞬間に「あなたの願いを叶えましょう」といって不気味な笑みを浮かべた。


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