6・捕

 樹里には何が起こっているのかわからなかった。突然気怠さに襲われ、立つことさえもままならない状況になった。思わず隣にいた友人の肩に手を添えようとすると、友人のほうが先に倒れてしまったのだ。


 そのせいか、樹里に襲い掛かっていた怠惰感を忘れ、友人の身体を支えようと手を伸ばした。しかし、己の身体のだるさのせい力が入らずに座り込んでしまったのだ。


 どうしたのだろうと友人の心配をしている暇もなく、周囲の人たちが青白い顔をして次々と地に伏せていく。


 なにが起こったのかわからないままで茫然としていると、舞台の上にいたはずの弦音たちが下りてくる姿が見えた。舞台に残っているのは一人。キーボードを弾いている三神雅だけだ。彼女はなぜか憑りつかれたようにキーボードを弾いており、そのメロディは最初のころよりも随分と荒々しく感じた。


 舞台を降りた弦音が一目散に自分のほうへと駆け付けてくる。


「杉原? これはなに?」


 樹里が尋ねると、弦音が驚いている。


「江川。お前なんともないのか?」




 その意味が一瞬わからなかったが、すぐに理解できた。なんともないわけじゃない。身体中が重い。足が友人の下敷きになっているせいもあるが、立ち上がることもできないのだ。


 周囲がみんなそんな感じなのに、普通に立っている弦音になんともないのかと問いかけたい気分だ。


 三神が元気よくキーボードを弾いていることから、舞台の上にいる人たちはまったくなんともないのかもしれない。


 

「なんとも? どういうこと」



「おい。お前」


 樹里が問いかけようとすると、男性の切羽詰まったような声が聞こえてきた。


「ちっ。杉原。お前この子を連れて逃げろ」


 

 振り返ると、そこには朝矢の姿がある。なぜか真剣な顔をこちらに向けている。


 その直後、朝矢の身体が突然なにかに押されるようの吹き飛ばされてしまった。


 気づけば、彼の身体がフェンスを背にして倒れている。


「有川さん」


 

 弦音の声が響く。


 なにが起こっているのか愕然としている樹里の肩に誰かが触れた。


 ぞっと、樹里の背筋に寒気が走る。


 樹里がハッと振り向くとそこには武村の姿があった。


 そのそばには麻美がぐったりとして倒れている姿。


「横谷くん?」


 武村はニヤリと不気味な笑みを浮かべたかと思うと樹里の腕を掴み強引に立たせた。その力は強い。どんなに離れようとしても離れない。


「きゃあ」



 樹里は思わず声を上げた。


「いこう。君をあの人に捧げたら、麻美さんは拙者のものになる」



 そんなつぶやきが樹里の耳元に響く。


 まずい。


 本能がいっている。このまま武村が向かう先へいってはならない。


 必死に振りほどこうとする。


 けれど、無理だ。


 樹里の身体が徐々にステージのほうへと近づいていく。それにつれて、キーボードの音が大きくなり、さらに激しくなっていく。



 樹里は思わず手を伸ばした。

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