5・蝶が舞う

 そのバンドには名前がなかった。


 ただの学校の部活ということで“山有高校バンド部”というネーミングだけだ。


 部員たちも名前をつけようと言いだす者がいなかったからバンド部ができたから、それで通してきた。しかし、せっかく文化祭で披露するのだからちゃんとしたバンド名をつけようという話になったのは、つい三日前の話。


 文化祭を前日に控えた話だった。


「もう決めているの」


 そう切り出したのは、三神だった。


「でも部長の決定なんで意義は認めないわ」


 強引にいう彼女にたいして意義など持ち合わせてはいない。元々考えるつもりもなかった部員たちにとっては、バンド名などなんでもよかったのだ。


「私、結構いいセンスのネーミング考えたのよ」


 三神は得意げに笑みを浮かべる。


 さすがの部員たちも興味津々に目を向ける。


 そして、三神は意気揚々と自分が考えたネーミングを口にした。




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「こんにちは。みなさん」


 ボーカルを務める青子は、先ほどの愛美に負けないほどのハイテンションで声を張り上げる。


 会場の観客たちがそのノリに逢わせて、「こんにちは」と言葉を返している。青子は芸能人ではない。芸能人で話題の歌姫である松澤愛桜の登場に比べて歓声が低いとはいえ、それなりの盛り上がりを見せていた。


 青子は松澤愛桜には負けるなあと思いながらも、愛美には負けないぞと声を張り上げて、会場を盛り上げようとする。


「私たち、山有高校バンド部“Schwarzer Todesfalteシュバルツァー デスバタフライ”でーす。私たちの歌を聞いてください」


 青子がそう告げた直後に三神がキーボードを鳴らし始めた。



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「あれ? こんなところに蝶がいる」


 キーボードの音と同時に弦音の前に蝶が飛んでくるのに気づいた。 


 弦音は思わず手を出すと、腕に留まる。


「そいつを祓え。杉原」


 直後に朝矢の怒鳴り声が響いた。


「え?」


 弦音が朝矢のほうを見るよりも早く、突然脱力感に襲われて、そのまま跪いてしまう。


 なんだろうかと視線を上に向けるといつの間にか大量の黒い蝶が飛んでいるのが見えた。それを必死に追い払う朝矢たちの姿となぜか弦音と同じように膝をついてうずくまっている生徒たち。


 いったい何が起こっているのかわからずに座っていると、肩にいたはずの金太郎もまた黒い蝶を追っ払っている姿が見えた。それでも逃げることもなく、蝶が人間たちへと近づいてくる。


「どういうことや? トモ」


 成都の手には槍が握られており、それを振り回していく。槍に当たった黒い蝶が砂のように消えていく。


 朝矢もまた刀で黒い蝶を切り裂いている。


 桜花はカードを投げ、愛桜は忍者が使うクナイを蝶に突き刺していた。茫然と座り込んだままで見つめる弦音の耳に音が響く。


 三神が奏でるキーボードの音だ。


「なんだよ。これ?」


「黒死蝶だい。触れたもんの霊力をうばっているんだよ。ぼーっとしているとお前死ぬぞ」


「え? えええええええ」


 金太郎の言葉に弦音は悲鳴を上げた。









 

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