3・センスはあるらしい

「演奏はじまったわよ。樹里。早く早く」


レッドの演奏がはじまったころ、樹里は蓮子に手を引っ張られるままに会場へやってきた。


「ちょっと、私実行委員の仕事があるのよ」


「ただの見回りでしょ。そんなに真面目にしなくていいの」


「そうそう、せっかくの文化祭楽しまないとね」


 樹里の背中を押している麻美と絵里が口々にいう。その顔がなぜかニヤけている。いったい、どんなことを企んでいるのだろうかと樹里は首をかしげた。


「別になにも企んでないわよ」


 麻美はそれを察していう。


「そうよ。クラスメートの有志を見ようと思っただけだよ」


 絵里がつけくわえる。


 そのことは本当だ。樹里たちのクラスでバンドをしている人もいなければ、吹奏楽部に所属しているものもいない。なぜか楽器演奏の経験のない(授業ではあるが)人たちばかりが集まっているのだ。


 だから、クラスに珍しく楽器演奏を披露することになった弦音に興味津々なのだ。


「そんな特技があったのかあ」

 

 バンドでの、しかもボーカルがプロの歌手というグループでドラムをたたくことになった弦音にクラスメートたちが好奇心まるだしで弦音をからかう。


 会場には、クラスメートたちがほぼ勢ぞろいしていた。自分たちの持ち場はどうしたといった感じで、前方を陣取っているのだ。


「ツルーーー。がんばれーーー」


「下手な演奏するなよおおおお」


 特に後藤と白石が弦音に向かって叫んでいる。応援しているというよりはからかっているだけのように見える。


 それを聞いた弦音の顔が赤くなる。


 後藤たちのヤジを無視して、ほかのメンバーたちの演奏に合わせて、ドラムをたたいていた。


「良いせんいっているんじゃねえ」


「三日だったっけ? あいつにこんな才能があったなんてなあ」


 そんな会話を横で聞いていた武村は、本当は三日ではないよといいたくなった。


 武村が『かぐら骨董店』に訪れたことはない。いや、この学校から出たこともなかった。それでも、弦音がドラムの練習を三日間でやっていたわけではないということは知っている。


 弦音の肩の上でノリノリと身体を動かしている一つ目の鬼に聞いたのだ。


 実際は“亜空間”という陰陽師が作り出した空間でみっちり一か月ほど練習しているのだが、現実世界では三日間した時間が経っていない。


だからということもあるが、元々センスはあったのだろう。



 武村にはよくわからないが、弦音には才能があった。それを見越して、『かぐら骨董店』の店長は弦音にドラムをまかせたのだろう。


(けど、あの店長はどこまで知っているのでござるのか)


「横谷くんも来てたのね」


 そんなことを考えていると、すぐそばで声がした。


 武村はハッと振り返るとすぐそばに麻美の姿があった。


「うわっ」


 武村は思わず仰け反り、となりにいた後藤にぶつかった。


「おいおい、どうした? 横谷?」


「あっ、絵里たちもきたのかあ」


「そうだよ」


 白石と絵里が自然と隣同士になり、後藤は絵里に押されて武村にぶつかった。


「おいおい、こら」


後藤は眉間に皺を寄せて、白石を睨みつける。


白石はごめんとだけいって、絵里との会話を楽しみ、すっかりふたりの世界に入り込んでいた。


「うらやましいなあ」


後藤がラブラブに二人をみて涙目になる。


「羨ましいなら、私がつきあってあげてもいいわよ」


「絶対いやだ。デブ」


 蓮子の言葉に即答する。


「なによ。ひどいわね。デブじゃないわよ。ぽっちゃり系よ」


 蓮子が腰に両手をそえながら、怒りをあらわにする。


「けど、本当になかなかのものよね。ねえ、樹里」


 そんなくだらないやり取りを横目に麻美が樹里のほうを見る。


 すると、すでに樹里に視線がステージのほうへと集中していた。音楽にさほど興味を示さない樹里にしては珍しいことだ。


 その視線の先にだれがいるのだろうかと、麻美もステージを見る。


「うーん、あと少しかなあ」


「はい?」


 どこか含んだような麻美のつぶやきに、武村が問いかける。


「いいの。いいの」


 麻美が陽気に手を振りながら、笑顔を浮かべている。


「それよりも武村くんは……」


「え?」


 突然名前を呼ばれて、ドキっとする。


 麻美もそのことに気づいたのか、頬を赤くして武村から視線をそらした。


「ああ、ごめん。ごめん。つい名前呼んじゃったね。ほら、苗字みたいな名前だからさあ。ごめんね」


 そういって舌を出す。


 そういうことかと武村は内心がっかりする。

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