11・音を奏でて

1・緊張の朝

 文化祭は滞りなく進んだ。


 そして、最終日。


 弦音はかなり緊張していた。朝からそわそわしている姿をみた妹の弓奈に「もう少し落ち着いてよねえ」と言われる始末だった。そう言われても落ち着けない。


 なにせ、今日は弦音が初めてバンドとして人前で演奏する日だったからだ。


 文化祭の前日でみっちり30時間(なぜか30分ということになっているが)練習しただけではなく、文化祭期間にも放課後学校からまっすぐに『かぐら骨董店』に向かって練習という日々が続いた。


 個人レッスンもさることながら、朝矢たちとの音合わせ。ド素人の弦音の音がずれるのは当たり前のことだというのに、朝矢が一々叱咤してくるのには正直参ったものだ。尚孝ならもう少し優しく教えてくれるというのに、朝矢は本当にスパルタだと思った。


「スパルタってほどじゃないやろう? あいつは口が悪いだけや」と成都がいうのだが、あの言い方は言われるほうからすれば、スパルタ教育かただのいじめにしかならなかった。そのことに関しては、桜花が「いいすぎよ」と止めてくれてはいたのだが、朝矢は機嫌が悪くなるばかりだ。



(有川さんって、実は一番大人げないのかも)


『かぐら骨董店』にいる彼らの中で一番年下に思えるほどに子供じみて見えたのは昨日のこと。


「でもさあ。まさかお兄ちゃんがバンドしているなんて知らなかったわよ」


 朝食のときに弓奈がそういった。


「本当ね。文化祭で演奏するなんてびっくりね」


 そういいながら、目玉焼きを焼いている母はどこか浮かれている。


「けしからん。バンドなんて、バンドなんてするもんじゃない。もしかして、弦音はプロ目指しているのか? 芸能界デビューするのか?」


 一番興奮しているのは父親だ。


 なぜか目をぎらつかせている。


「デビューかあ。それで売れて売れまくって、弦音の名が全国区いや世界に広がって。はあ、父ちゃん、自慢しまくるぞおおおお」



「いやいや、違うから」


 弦音はひそかにツッコミを入れるが、父の妄想は止まらない。


 自分が芸能界デビューするわけでもないのに(弦音もしないが)、サインの練習までする始末だ。


「どうしてうちにお父さんってバカなのかしら。もう恥かしいからやめてよ」


 弓奈が本気で怒っているようだが、父の妄想は止まらない。


「そして、女優の陽花里要ひかりかなめが嫁にくるんだああああ」


「来ない。来ない。あり得ない」


 弦音は否定する。


 陽花里要はいまをときめく若手女優のことだ。年は二十歳ぐらいで、最近よくドラマに主演している。


 父は彼女に夢中になっているところで、彼女のでるドラマやバラエティは録画してまで見ているところだ。その様子を微笑ましげに見ている母の肝が据わっているのがすごいと常々思う。


 怖がりで妄想癖。そのうえミーハーなオタク


 そんな中年の父親を持つということを知られるのが正直怖い。


(芸能人の知り合いならできたけどなあ)


 脳裏に“松澤愛桜”の姿が過る。


(もしも言ったら、父さんが暴走すること間違いなしだなあ。最近、松澤愛桜の歌もいいとかいっていたしなあ)


 そう思っている弦音は、自分が一緒に演奏することになるバンドのボーカルが彼女であることを忘れていた。


「ほらほら、弦音。また遅刻するわよ」


「あっ、やべ。行ってきまーす」


「いってらっしゃい。バンド楽しみにしているよおお」


 そういって弓香が手を振る。


「あんたは学校でしょ」


「抜け出していく」


「だめ」


 そんな親子の会話を尻目に、弦音は学校へと急いだ。







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