2・なぜここにマネキン?
弦音がハッとしたときには、生徒会室の中にいた。床に広げられた広用紙に描かれた絵はもう色が塗られており、周囲の人たちは片付けを始めていた。時刻はすでに五時を回っている。たしか、かぐら骨董店に強制連行(というべきか、テレポートさせられたというべきか)されたのは四時半ぐらい。30分ぐらい、ここにいなかったことになるのだが、作業をしている彼らはまったく弦音がいなかったことに気づいたようすもなくせっせと片付け作業を続けている。
「ちょっとお。杉原。なにぼーっとしているのよ。早く片付けなさいよ」
茫然としていた弦音に樹里が不機嫌そうに話しかける。
「江川。俺、いなかったよな?」
「は? なにいってんのよ。あんた」
弦音の質問に樹里は片方の眉毛を丸める。
「え?」
気づいてない?
それとも、いることになっていたのかなあ。
「そんなことどうでもいいから、早く片付けてよね。このままじゃ、帰れないわよ」
「ああ」
弦音は片付けを始める。
「ツル。さっきのライブすごかったなあ」
となりにいた亮太郎がそんなことを口にした。]
「え?」
弦音はきょとんとする。
「え?じゃないよ。聞いていなかったのか? さっきまで玄関のところで松澤愛桜がアカペラライブしていたんだぞ」
「そうそう。すごかったわよねえ。本当にプロという感じだったわ」
そういったのは、いつの間にか亮太郎の寄り添うようにいる園田だった。
本当にアピールしまくっているようだが、亮太郎は確実に困惑している様子だ。それでも冷静に対応しているところがすごいと弦音は思う。
もしも、朝矢がそのような状況になれば、おそらく「うざいんだよ」とか言って、女の子にも容赦なく蹴りでも入れそうだ。それがいま世間を騒がせている歌姫だろうと容赦しない。
ある意味裏表のない人間だ。
「あれ? ツルは聞いていなかったのか?」
「そんなことないわよ。こいつ、微動だにせずに聞いていたわよ。しか窓際陣取って」
樹里が窓側を指さしながら言った。
どうなっているのだろうと思い、指先をなぞるように視線をむけると、そこには一体のマネキンかが佇んでいたことにぎょっとした。
(マッマネキン!?)
なぜ、こんなところにマネキンが起これているのだろうと弦音は疑問に思う。たしか、生徒会室にはマネキンはなかったはずだ。それがあるのは家庭科室だけだった。文化祭実行委員で使う予定もなかったから持ってくる必要もない。
「あれ? あんなところにマネキンなんてあったかしら?」
その疑問は弦音だけではなかった。樹里も怪訝そうに首を傾げているし、他の人たちも不思議そうにマネキンを見ている。
『あれがお前の代わりだぞ』
すると、弦音のすぐそばで男というよりも少年の声がする。
振り向くとなぜか弦音の肩を陣取る金太郎の姿があった。
『マネキンをお前に見えるようにしたのだよ。お前が突然消えたら。それなりに騒ぎになるだろう。そして、あの歌姫の姉ちゃんでごまかしたってなところだ』
そういうことなのかと納得はとしたのだが、あの不自然にあるマネキンに対する疑念はどうするのだろうかと思った。
「まあ、細かいことは気にしないでよくないかしら? 邪魔なら片付ければいいわ」
なぜか園田が言った。なんとなく助け船を出されたような気もしたのだが、園田にとってはマネキンがあることは大した問題ではないようだ。
「でも不自然じゃないですか? だれか使うつもりで置いたかもしれないですよ。勝手に片づけたらだめかもしれませんよ」
「確かにそうね。だれが置いたの」
亮太郎の言葉であっさりと意見を引っ繰り返す園田。
(亮太郎。余計なこというなよおおおお)
だれが持ってきたのかと園田が問いかけるのだが、だれも知らないといった顔をしている。確かにそうだろう。だれも持ってきていないのだ。あえて言うならば、弦音の肩の上でふんずりかえっている猿に似たモノノケだろう。けど、この小さいモノノケにそんな力があるのかは疑問だ。でも、もしもこのモノノケが最初に出会ったときのような大ざるになれば別だろう。あんなマネキンぐらい軽々と持つ。
「杉原くん。あなたなの?」
「へっ?」
いつの間にか、皆の視線が弦音に向けられる。
「おれ? おれじゃないですよ」
「本当?」
「本当に本当です」
それは事実だ。弦音の仕業ではない。けれど、弦音の異様な慌てようがさらに弦音への容疑を濃厚にしていく。
『弦音。とりあえず、認めておけ。てめえの為に用意としたからな』
(ええええええ。おれ、知らねえよ。勝手に用意したんだろうが)
「すっすみません。ぼくが持ってきました」
「やっぱり? でも何のために持ってきたの?」
樹里が尋ねるのもわかる。
「いえ、その、いるかなあと思ってですね。あはははは」
(そんなこと聞かれても答えられるかあああああ)
「いらないわよ。まったくいらないから、片付けきなさい」
「はい。了解しました」
なぜか背筋を伸ばして兵隊のような挨拶をした弦音はそそくさとマネキンを持つ。
(重い。これ重くねえか)
弦音は必死に持ち上げるが、重すぎて一歩も前へ進めなかった。すると、突然軽くなる。
「亮太郎」
そこにはマネキンの足の部分を持ち上げる亮太郎の姿があった。
「どうやってもってきたんだ? 僕も手伝うよ」
「サンキュー」
そういうことで弦音と亮太郎はマネキンをもって、生徒会室を跡にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます