7・特訓終了
「戻ったぞ」
店への取っ手口を開けたとき、なぜかぐったりとテーブルに顔をうずめている弦音の姿があった。その向こう側には尚孝の姿とニコニコと笑っている桃史郎。怪訝な顔わしている洋子の姿がある。
「どうした?」
朝矢が尋ねると、弦音が涙目で振り返る。
「有川さーん。まじ死にそう」
そういいながら、顔をつけ、両腕をだらりと落とす。
「なんだ? えらく疲れてねえか?」
「なんだよ。あれ。まじで三十分? どう考えても、三十時間たっているよね。ぜったい一日以上だ」
「正解。君の感覚は正解だよ」
桃史郎が軽い口調でそう告げる。その言葉で朝矢はなんとなく弦音の身に何が起こったのか理解した。
たしか、ドラムの猛特訓をするといっていた。弦音の疲れ具合からいって、彼のいうように三十分ではない。みっちり三十時間練習してきたのだ。朝矢がいた亜空間と同じような空間で時間の流れを無視して猛特訓をしてきたということになる。
「それで成果はあったのか?」
朝矢は尚孝に尋ねた。
「ああ、みっちり仕込んだ。まあ、それなりにいけるんじゃないか」
そう答える尚孝にはあきらかに不安をのぞかせている。おそらく、三十時間の猛特訓でもモノになるほどの代物にはなっていないのだろう。
「腕いたーい。マジで死ぬうう」
「情けねえ」
「だって、ずっとたたきっぱなしだったんですよ。腕も痛くなりますよ」
確かにそうだ。この様子だと、ほぼぶっ通しでドラムをたたいていたのだろう。
これじゃ、腱鞘炎がなにかにもなって、本番がだめになる可能性もあるのではないかと朝矢は思った。
朝矢は桃史郎のほうを見る。
「それは困るねえ。ちょっと治療しておきますか。弦音くん。腕出して」
「ええ?」
弦音は言われるままに両腕わ出すと、桃史郎が持っていた札を弦音の両腕に乗せる。
右手で印を組み、ブツブツと呪文を唱えると、札の文字が光だしスーッと消えていく。
「あれ?」
同時に弦音の両腕にあった痛みが消えていく。
「あれ? あれ?」
弦音は不思議そうに桃史郎を見る。
「消去の術だよ。時間をゆがめていたからその分をなかったことにした。君の腕は三十時間叩いたのではなく、三十分叩いたときのと同じ疲労度になっているはずさ」
「うーん」
弦音にはまったく理解できずに眉をゆがめる。
「とにかく、だいぶん楽になっただろう?」
「ああ、確かに楽になった」
そういいながら、両手を閉じたり開いたりする。
「あっ、早く戻らねえと、やばい」
「じゃあ、また学校へ返す」
桃史郎がそういった直後に弦音の姿がスッと消えた。
「大丈夫か? 三十分間のロス責められるんじゃないのか?」
尚孝が尋ねる。
「それは大丈夫なんだろう? あいつがもう来ているはずだから、手筈は整えているんだろう?」
朝矢が言うと、桃史郎は肯定するかのように指を鳴らしてフィンクした。
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