6・ややこしい呼び名

 朝矢が目を開くとそこは、六畳ほどの部屋。周囲の本棚にはぎっしりと本が並び、窓際には机と椅子がある。机の上にはパソコンが一台。周辺に無造作に本やら紙が散らばっている。


「相変わらず雑だなあ」


 そうつぶやきながらも整理するつもりはない。


 それ以外はとくになにもないのだが、その中。ちょうど朝矢が立っている足元には五芒星を囲む二重の円陣が描かれている。


「とも兄。おかえりい」


 円陣のすぐそばには中腰で座っているナツキの姿あった。


「ああ。時間はどれくらいだ?」


 ナツキが立ち上がる。


「三十分ぐらいかなあ」


「そんなものか。もっと時間がたったと思った」


「そんなもんだよん。だってえ、時間の流れがまったく違うもん」


 そういいながら、ナツキは相変わらずニコニコと無邪気な笑顔を浮かべている。


 時間の流れが違う。


 ナツキのいうとおり、さっきまで朝矢がいた場所は、こことはまったく時間の流れの異なる別次元の世界だった。別次元といっても、朝矢が話をしていた男や少年、少女たちはこの世界に存在しており、朝矢たちと同じ時間の流れの中にいる。


 ただある種の術をほどこすことにより、一定の領域内に置いて空間をゆがめ、時間の流れを変えることができる。そのうえ、どんなに遠いところにいる人物でも、その空間に呼び寄せることができる。もちろん、思い立ってすぐというわけではない。時間をちゃんと定めたうえに転送する場所と転送される場所に五芒星の印を組まなければならない。それにより、転送されるのだ。


 しかし、その術を使えるものは限られている。転送するもの。される者。両者において空間をゆがめる術師と術式が必要で高度な呪術の能力をもつ陰陽師が二人いることによって成り立つのだ。


「とうさんたちはすごいよねえ。そうでしょ」


 ナツキが自慢げにいう。


「まあ、それは認める。おかげでわざわざ京都に行かなくてすむ」


「別にとうさんでもよくない? 別に京都のとうさんじゃなくてもさあ」


「いやだね。それにあっちのほうが正確だ。つうか、ナツキ。とうさん、とうさんってややこしいぞ」


「大丈夫。桃史郎はとうさんで、あっちは京都のとうさんだから……。名前が似ているから仕方ないよ」


「いや、お前がややこしくしているだけだ」


「いいじゃん。いいじゃん」


 そういいながら、部屋を出ていこうとしたがふいに足を止める。


「そうだ。ねえ、トモ兄」


「ああ?」


「あっちの夏樹は元気?」


「ああ。元気だったぞ。それが?」


「別に大したことないよーん」


 そういって、ナツキがかけて出ていく。


「はあ」


 朝矢はため息を漏らすと、書斎らしき部屋を出て、店のほうへと向かった。

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