5・診察

 板張りで周囲も木材に囲まれたそれなりに広い部屋には、特に家具といったものはまったく存在ない質素なつくりの場所だった。


 その真ん中には円が描かれており、その中に五芒星の絵柄。五芒星の五つの頂点には、五つの皿。それぞれ塩、ろうそく、札等が置かれている。


 その中央には一糸まとわぬ姿の朝矢が寝かされていた。


「終わりでーす」


 朝矢が少女の声で目を開けると十歳こえたころの少女の黒い瞳が飛び込んできた。驚きはしなかった。ぼんやりとしていた視界がもどってくると、そのまま立ち上がる。


「お疲れ様でーす」


 おかっぱ頭で和装の少女は両手に持っていた服を差し出した。


「ありがとう。アヤメ」


 朝矢は服をもらうと軽く彼女の頭を撫でてやる。アヤメと呼ばれた少女は嬉しそうに笑う。手を離すと、少女はタタタタと足音を立てながら小走りに部屋の出入り口の襖のほうへと駆けていく。


「お疲れさまです」


 朝矢が服に手を通していると、アヤメとよばれた少女と入れ違いに一人の男が入ってきた。


 たれ目で白い肌に整った顔立ち。


 見た目は朝矢が務めるかぐら骨董店の店長に似ているが、白縁眼鏡と言葉の雰囲気とあの店長よりも幾分か年上だろう。それらから、まったく別人であることがうかがえる。


 彼のまたアヤメと同じように和装で身を包んでいる。


「いつもありがとう」


 朝矢は素直にお礼をいうと、彼はにっこりと微笑む。


「かまわない。これも仕事さ」


 そういうと彼は朝矢に背を向けて歩き出す。朝矢も服を完全に着込むと彼の後へと続く。


 広い殺風景なホールから出るとすぐに板張りの廊下。その正面には壁はなく、縁側があり、日本庭園が広がっている。


 それを横目に流しながら、朝矢は板張りを歩く。その度にギシギシなるのはずいぶんと年期が入っていることがわかる。


 廊下を歩いていき、突き当りを右へと曲がると、一人の少年に出くわした。高校生ぐらいの少年が朝矢をじっと見ている。


「こらこら。夏樹。あいさつしなさい」


「こんにちは」


 男に言われて挨拶を済ませるとすぐに襖をあけて奥へと入っていく。


 返事を返す暇もない。


「すまないね。不愛想で困るよ」


「かまわない。いつものことだろう」


 朝矢はそう答えながら、閉じた襖のほうを一瞥したがすぐに歩き出した。


 そのために、少年が襖を少し開けて朝矢の背中を見ていることなど知らない。 


 朝矢は男に案内されるままに、部屋へと入っていった。


 部屋の襖が開くと、そこは畳が敷き詰められており、なにもない畳だけの部屋が手前にあり、その間には敷居、上には欄間によって仕切られている。その敷居をまたいだ向こう側には、座卓と座布団。


奥には床の間に屏風と盆栽。


 それは和室そのものだった。


 男は上座のほうに腰を下ろし、朝矢にも座るように勧める。


 いわれるままに、座卓を挟んで彼の前に正座する。


「さっそくだけど、検査の結果をいいます」


「別に変わらないと思うけど」


「口を挟まないでくれるか?」


「すみません」


 朝矢は彼に睨まれて、すぐに謝罪する。


「素直でよろしい。でも、全然変わらないことはないよ。前もいったように少しずつ変化しているんだ。けど、最近は速度が速くなっている」


 彼は真面目な顔をしてそう言った。


「加速しているのか?」


「ああ。思ったよりも早くなるかもしれないよ。このままだと、君が持たないかもしれない」


「このままだとか……」


 朝矢には思い当たる節がある。朝矢は自分の手を見つめた。


「まあ、いますぐどうこうなるわけじゃない。けど、もしもということもある。だから……」


「そうか。要するに強化が必要というわけか」


「ああ。どうするかは君次第だよ」


「それは決まっている。受けるよ」


「あっさりいうね」


「まあ、最近いろいろあって、新参者もまた増えたからな」


「もしかして、またか?」


「ああ、たくよお。いちいち増やすなよ。いろいろと巻き込ませるのは俺としては嫌だからな」


「そういうな。あのバカはただのバカじゃないからね」


「大馬鹿だ」



 そう言いながら朝矢は頬杖を突く。


「父さん」


 その時、縁側のほうから声がした。振り返ると、中庭に先ほどの少年の姿があった。


「どうした? 夏樹」


「どうしたじゃないよ。稽古の時間になるぞ」


 相変わらず不愛想に言う。


「ああ。わかった。ちょうど診察も終わったところだ」


「じゃあ、先に道場へ行っておくからな」


 少年は男のほうを指さしながらいうと、朝矢を一瞥しかけていった。


「そういうわけで診察はここまでだよ」


「ああ、ありがとう。料金はいつものように頼む」


「ああ。もちろんだよ。ちゃっかり、桃史郎から取っておくさ。けど、近いううちに直接来るんだよ」


「わかっている」


 その直後、男の前から朝矢の姿が忽然と消え去った。


「さてと、わが息子の修行に付き合うか」


 そういって、男は縁側に降りたち、中庭を歩き始めた。


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