9・亜空間

1・少女の微笑み

 警視庁の地下の奥深くに彼らの職場が存在している。表の看板は資料室と書かれており、だれもそこが『警視庁刑事部特殊怪奇事件捜査室オカルト室』だとは思ってはいないだろう。なにせその部署自身、警視庁勤めのものでもほとんどが知られていない部署であるためだ。周囲から言わせれば、ただの雑用係。ならず者たちの吹き溜まりと揶揄する者もいる。


 噂では問題を起こした警察関係者が飛ばされる最後の砦とか言っている者もいるが、決してそういうわけではない。確かに彼らは、傍から見れば奇妙な行動をとって問題を起こしているようにも見えなくもないが、それはそりなりに事情があるのだ。この部署に所属しているものは先天的だろうと後天的だろうと見えるものたちの集まりだ。


 だから、他のモノには見えないモノノケたちとのやり取りをすることもあり、それは一般人からしたら奇妙極まりない。なにも見えない者たちから畏怖の眼差しで見られるのも必然的なことだった。


 けれど、只一人芦屋尚孝だけは違う。


 モノノケを見ることも聞くこともできないし、気配も感じることもできない。だから、奇妙な行動をとるような行為もなかった。それに刑事としても優秀で若いながらもそれなりの検挙率を誇っている。根も真面目だから、上司部下関わらず信頼もあつかったし、古株で頑固者で滅多に人をほめない田畑も一目置いていた。 


 しかし、彼はある日、この奇妙な連中を指揮をとる室長として『オカルト室』に異動することになったのだ。


 それには、だれもが不満を抱いたにも関わらず、本人はすんなりと受け入れた。


 いま現在、『資料室』と書かれた部屋にいるのは、尚孝と彼とバディを組んでいる柿原の二人だけだ。他にも数人いるのだが、彼らはいま出払っているところである。


 彼らは『資料室』に数台並んでいるパソコンの一つを操作している最中だった。そこには、『山有高校』周辺の地図とそのあたりの歴史的事実というものが羅列している。


「とくに問題ありそうなものはないですねえ」


  その羅列する歴史の中には、山有高校で起こった怪異に関する資料は出てきていない。とくに噂というものは目立ってないようだ。唯一あったのは、弓道場の怪異。いわゆる、先日朝矢によって解決したものぐらいだった。ただいつから武村という武将がそこに留まっていたのかを示すような事柄はない。


「一般的なものでは限界があるということか」


 尚孝がつぶやいた。


「代われ」


 さつきまでパソコンの前に座っていた柿原はすぐさま立ち上がり、席を譲る。


「どうするんですか?」


「もっと深いところに潜るのさ」


「それって」


「ああ。霊的領域に潜る。不思議なもので、パソコン内にも妖怪が潜んでいるんだ。妖怪ネットワークというもの。俺みたいな霊力ゼロでも詮索できるから、俺のような人間にはもってこいだ」


「でも妖怪ネットワークへのアクセスには、ある程度の霊力が必要ですよね」


「お前がいるだろう。最後のクリック頼むよ」


 やがてパソコン画面が変わり『妖怪ネットワーク』と書かれたサイトが開く。そこにはボタンがひとつ。その下に血の色で『霊力を籠めよ』という言葉があった。それを尚孝がクイックしても決して反応しない。しかし、霊力持ちの柿原がクイックするとすぐさまサイトが開かれた。そこには、最初に白い布をかぶったような妖怪が悠々と画面をうろうろしている映像が浮かび、次に『妖怪ネットワークにようこそ』という言葉が表示されると、検索画面が登場した。


 妖怪サイトなのに画面の映像はかわいらしいデザインだった。


 尚孝はさっそく『山有高校』という名前で検索する。


 すると、すぐさまヒットした。同時に一枚の写真が映し出される。


「これは?」


 それはグランドピアノの前に佇むセーラー服とモンペ姿のおかった頭をした少女の微笑んだ姿だった。

 

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