3・探りをいれろ
「なんか、うざいです」
「は?」
「うざくありませんか?」
「なんの話だ?」
助手席で柿原が、さっきから片手を右へ左へと振り続けている。
その向こう側には、坂があった。その両端には坂の上まで伸びている並木。
そこの間を通るのは制服を着た学生たちの姿。
芦屋尚孝と柿原は仕事が一段落すると、警察庁へ戻らずに山有高校へとつながる坂道の前の駐車可能スペースに車を停めていた。
さきほどまで携わっていた案件の捜査現場から警察庁とはまったく真逆の方向へとやってきたのは、昨日の桃史郎の電話が気になったからだ。それから、店に行ってみたが、彼の姿はなかった。ただ一人いた桜花にいま起こっていることについての話を聞くことができた。
そこでようやく桃志朗の意図がなんとなく把握した。
要するにこの高校では霊的に不穏な動きがあるようだから、少し探りをいれてほしいということだ。
霊的ななにかとなると、幽霊といった類いの一切見えない尚孝だけでは探る子とも難しい。 ゆえにモノノケ類が見える相棒を連れてきたわけだ。
車を停めるとすぐに柿原は何かを払いのけるしぐさを始めている。
「蝶々ですよ」
「蝶々?」
尚孝は彼の周辺を見回してみたが蝶々らしきものは全く見えない。
「モノノケか?」
「芦屋さんが見えないってことはそういうことなんですかねえ。さっきからずっと学校のほうから流れてきて、僕の身体にまとわりつくんですよ」
そう言いながら、尚孝には見えない蝶々を追い払っている。
「でも、芦屋さんにはまったくついてませんね。ずっと、すり抜けて別の人間についています」
「どれぐらいだ?」
「はい?」
「どれぐらいの蝶々がいて、どんな色をしている?」
「えっと、黒です。真っ黒な蝶々が相当な量がいて、数匹が人についていますね。ついていないのは芦屋さんぐらいです」
それを聞いて、尚孝が頬に手を添えながら、なにやら考え始めた。
「おそらく“神使い” だな」
「“神使い”?」
「昔からいうだろう。黒い蝶々は神の使い。死と再生を司る者。ゆえに霊力の多い場所に集まってくる」
「それって、いいのですか?」
「ああ、蝶々自体に害はない。ただ霊力に誘われて寄ってくるだけだ」
「だから、芦屋さんには寄り付かないんですね。霊力ゼロだし」
尚孝は、柿原に視線だけを送る。蝶々がまとわりついているために、その視線にまったく気づいた様子はない。
尚孝は息を吐くと、正面のほうを向いた。制服を着た生徒たちが楽しそうにおしゃべりをしながら行きかっている。正面にあるバス停にバスが止まり、次々と乗っていく姿が見える。
「けど、普通は霊力のない俺でも見えるはずだが、見えないということはただの“神使い”ではないということか……。しかも大量というところが気になるな」
「芦屋さん?」
柿原は怪訝な顔をする。
「とりあえず、お前ウザいなら、札でも張っておけよ」
「あっ、そうでした。そうでした」
柿原は慌てて、車のダッシュボードを開ける。その中から一枚の短冊を取り出した。短冊には古典的な文字が書かれている。それを目の前にかざすと蝶々たちが次々と消えていく。
「消えた」
柿原はほっとしたように背もたれに自分の体を付けた。
「柿原。行くぞ」
「はい?」
「調べておいたほうがいいようだ」
そういうと、尚孝は車のエンジンをかける。
ドライブに切り替えて車を発進させた。
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