7・群がる蝶
1・弓を引くために
武村は弓道場でぼんやりと部員たちが弓の練習をしているところを眺めていた。教えているのは朝矢だ。
実習中の間だけという条件で部員たちに教えるように顧問の的場に押し切られてしまったらしい。最初は渋っていたようだが、数日のことだと割り切ったらしく、武村ともに学校へ潜入してからの数日、弦音をはじめとする部員たちに基本的なことから教えていた。
朝矢が本格的に弓道を始めたのは高校へ入学してからのこと。それまでも、鬼やアヤカシ退治のために弓を用いていたのだが基本的なものを全く知らないままで行っていた。
しかし、どうせ弓を引き続けるのならば、基礎から学ぶことで弓を極められるかもしれないという想いがあった。そういうことで高校は弓道の強い高校へ進学したのだ。そこで出会った先生にみっちりと基礎が叩きこまれている。その教えを思い出しながら、朝矢は弦音たちに指南していった。
『意外と教え方、うまいんだなあ』
武村のすぐ隣にふんずりかえっていた金太郎が関心したようにいう。
「そうでござるなあ。いい師匠がおったのであろう」
武村がそれに反応する。今の武村の状態はマネキンから抜けた魂だけの状態だ。だから、隣にいるモノノケと大声で会話しても、普通の人間には聞こえない。ちなみに器となっていたマネキンは、弓道場内にある部室の中に寝かせているところだ。どうもずっとマネキンの中にいると窮屈で仕方がない。だから、学校が終わるとすぐにもう古巣化している弓道部の部室にあるソファーにマネキンを横にして、そこから抜けているのだ。
魂の抜けたマネキンは普通ならばただのマネキンに戻る。しかし、普通の人にはただ寝て居るだけの状態に見えるようにしている。
「杉原。あいつ起こしてこい」
「はい?」
相変わらず、ほとんど的に当たらないことに落ち込みまくっている弦音に朝矢が突然言い出した。朝矢の視線は、武村に向けられ、指は部室のほうを指している。
目が早く器に戻れといっているのだ。
突然どうしたのだろうかと首を傾げていると、向こうからなにかが飛んでくるのが見えた。
それに気づいた瞬間に慌ててマネキンに戻った。
『くくくく。肉体が欲しい魂が多いのかねえ』
金太郎の眼にも飛んでくるものたちの姿が見えていた。
魂だ。
いくつかの魂が人や動物の形となって姿を現し、空気中に浮かんでいる。
『しかしなあ。どうして、こんなに霊がよりついてんだ?ただのマネキンだぞ。ただの……』
『さあな。昨日からこんな状態だ。どうもあの器に魅力を感じているらしい』
金太郎の疑問に山男が答えた。
『昨日? あの異端の陰陽師がここにきたときからか』
『異端?』
『異端だろう? だって、あいつが連れているのって……』
「あのお」
部室から武村が出てくると、残念そうな顔をした霊たちが去っていく。
「お前、弓うまいよな」
「まあ。その」
「だったら、手本みせてやれ」
「ええ、先生がやるんじゃないんですか?」
一年生の部員たちが残念そうにいう。
「こいつのほうが鮮やかだ」
武村はため息を漏らすと、壁に立てかけられていた弓を握り締めると、定位置について、弓を射る態勢を取る。
目の前には的がある。丸く形どられた的。
――お前。うまいなあ
ふと脳裏に声が響く。
懐かしい声。
武村と同じ年に生まれ、同じ戦国の世を生きた御屋形様の姿。
――天下一の弓士になれるぞ
そうほめてくれたのはいつの日のことだったのだろうか。
御屋形様は死んだ。
武村に子らを託して、母君ともに炎に焼かれて死んだのだ。それから、武村は何百年と魂という存在でこの世にさまよっていた。やがて調伏され、御屋形様のいるあの世へと旅立つだけであった。
そのはずなのに……。
――横谷くんって、なんかかわいいね
一目ぼれした。
同じクラスになった西岡麻美に一目ぼれしてから、成仏できなくなったのだ。
いま、自分を成仏させるために彼らが動いている最中だった。
(彼らはなぜつくしてくれるのだろうか。強制的にあの世へ導くこともできたはずでござる)
それに関しては疑問に残る。
そんなことを考えていたせいなのか。矢は的を大きくずれて刺さった。
「おい。見本にならねえじゃないか」
朝矢がたちまち喝を飛ばす。
「あのお。その」
「もういい。かせ」
朝矢は荒々しく弓を奪い取ると、たちまち構えた。
もう見本みせるなら自分でやれよといいたくなったが、朝矢の視線の先に気づいて言葉を飲み込んだ。
的の方向。
いつの間にか黒い物体がウジャウジャいる。どれもこれも蝶々のような羽根を羽ばたかせており、的を覆い隠していたのだ。
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