9・話し合いのまえの一時
弦音が話し合いが行われる教室に入るとすでに数人の姿があった。樹里の姿はまだない。弦音よりも先に出たはずだ。友人たちと一緒だったから、もしかしたら忘れて、部活へ行ってしまったかもしれない。
「ちゃんと来たわよ」
弦音が背後の声ではっとする。
樹里が機嫌悪そうな顔をしてこちらを見ていた。
「俺は別になにも言ってないよ」
「顔に書いてあるわよ。どうせ、また忘れているって思ったんでしょ」
「いや。そんなことねえ」
図星を付かれてしどろもどろになる。
「それならいいけど」
樹里はさっさと指定の席についた。
「江川~」
弦音は情けない声を出しながら、彼女の隣に座る。
「あら? 秋月君は?」
教壇に立つ実行委員長の園田奈美がいつもなら樹里の隣に座っているはずの秋月亮太郎の姿がないことに気づいた。亮太郎と同じクラスの実行委員の少女はいる。
(なに? そのピンポイントは?)
弦音が周囲を見回してみる。他にも来ていない人の姿があるそれなのに亮太郎だけに触れるというのは、やはり亮太郎への好意の現れだろう。
(懲りないなあ。あんなことあったのに)
弦音は、なにげなく樹里のほうを見る。
園田先輩は彼女に襲われた。正式には彼女に憑りついた霊に襲われたのだ。それなのに、翌日には何事もなかったかのようにけろっとしている。
『おいおい。お前、忘れてないか?』
相変わらず、弦音の肩に乗っている金太郎が口出しをする。声を出そうとしたが、周囲には人がいる。口をパクパクさせただけで、金太郎を睨みつけた。
『まあ、その事件に関しては知らねえが、基本“鬼”や“あやかし”に巻き込まれた徒人は記憶を消されるんだよ。いや、そんな甘っちょろいものじゃねえな。なかったことにするんだよ。だから、あの女が覚えてなくても仕方ねえ』
(なかったこと?)
弦音は心で問いかける。それを読み取ったのか金太郎が続きを話し始めた。
『おいらも詳しくは知らねえが、正確には記憶を書き換えて、あった出来事を消して、あったであろう出来事を上書きするってことだ』
そういわれてもピンとこない。
『お前……。頭悪いな。何度か説明されたろ? おいらでも理解したぞ』
確かに何度かされた。それは何も弦音が疑問を投げかけたせいもある。その度に朝矢から悪態をつかれたのだが、説明してくれるところをみると彼はかなり律儀なのだろう。口は悪いがいたって真面目だ。いや、あの店にいる人たちは基本真面目な人たちばかりだった。ふざけていようとも、のんびりしていようとも、皆がなにかへ向かって突き進んでいる。そんな印象がある。
「お疲れ様でーす」
そんなこと考えているうちにぞろぞろと実行委員たちが入ってくる。その中には亮太郎がいた。
「秋月くん。やっときた」
園田先輩がえらくうれしそうな顔をしたのはいうまでもない。
本当に懲りないと思ってしまう。この人だけには記憶を残していたほうがいいのではないかとさえも思えた。
あまりくっつくと、またあの霊が襲ってくるのではないかという不安がふいによぎる。
『それはねえな。特に変な気配はしねえよ。心配するな』
そんな弦音の不安を読み取った金太郎がつぶやいた。
その言葉になんとなく救われたような気がした弦音は考えるのをやめた。
「さてと、最終確認ですが、追加の要望はありますか?」
いつの間にか会が始まっている。
「はい。あの……」
「はい。杉原くん」
「あのですね。バンド部の麻生さんからの要望なんですけど……」
立ち上がった弦音は、昼休みに麻生青子に呼び止められて、外部からのバンドを入れたいという申し出をされたことを伝えた。
(こいつにはそういったものの……。あの陰陽師は気にしていたようだが……)
金太郎の視線は樹里の隣に座る亮太郎を見る。
別に特別ななにかを感じるわけではない。
いたって平凡な少年だ。多少は霊力を感じられるが、ここにいる人たちとさほど変わり映えもしない。
(そういえば、あの男には本当に霊力のかけらもなかったなあ。不自然なくらいに……)
金太郎の脳裏には芦屋という刑事の姿が思い浮かぶ。
本当に不自然な存在だ。まったく霊力を感じない彼がなぜ“祓い屋”と関わってているのだろうか。おそらく長年。そのようなものと関わっているということに違和感を覚える。
(たくよお。謎の多い連中だぜ。こいつだけだぞ。謎のナの字もねえのは)
金太郎は必死に説明をくり返している弦音の横顔を見た。
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