2・階段にて
「この臆病者めが」
「そうだ。そうで。去年も誘えなかったよね。俺は、去年誘って、ゲットしたぜ」
白石が自慢気にいう。白石のいうように去年の後夜祭のダンスパーティで見事に彼女をゲットしている。
この山有高校恒例の後夜祭ダンスパーティーは文化祭の三日目の夜に行われるパーティーだ。文化祭が一段落したところで、生徒たちだけでなく、一般客まで巻き込んで、広いサッカーグラウンドを使って盛大に行うのが毎年恒例。そのプログラムの一つが男女一組になって踊るダンスパーティーだった。踊りは事前の練習はない。この学校に設けられたダンスの授業で習ったことを生かして踊るのだ。合わせるとしたらパートナー同士のみ。パートナーは当日までに自分たちで決める。それでも決まらない場合は、実行委員が独断と偏見で適当に組み合わされることになる。そうなれば、どんな相手でも文句はいえない。
(去年は最悪だったなあ)
弦音はパートナーを組まされた女子のことを思い出す。正直、ブスだった。男子の中では小柄なほうの弦音よりも身長が高く、横にも大きい。力士のような体系と無駄に厚化粧をした二つ年上の先輩と組まされたことが脳裏に浮かぶ。それだけで吐き気がする。
「ツル。顔が青くなっているぞ」
後藤が指摘する。
「どうせ、去年のこと思い出したんだろう」
白石が揶揄した。
「やめろよ。やめてくれよ。余計に思い出すだろう」
「それはいいとして。それよりも横谷だよな」
完全に自分から武村に話題をそらされ、弦音は「おい。こら」と叫んだ。しかし、もはや二人の話題は武村をどうするかの方向へと傾いていた。
「行こう」
後藤と白石が立ち上がる。
「え?」
武村がきょとんとした顔で異様に張り切る二人を見る。
「善は急げだ。いまから西岡のところへいこうぜ」
「そうだ。そうだ。横谷。いくぞおおお」
後藤と白石は強引に武村を引っ張り上げると、止めるまもなく駆け出した。
「おい。待てよ。俺、おいていくなああああ」
屋上の入り口から出ていく三人を慌てて追いかけていく。屋内に入る扉をくぐるとすでに三人の姿はない。階段を駆け下りる音だけが響いている。
「ツルーー!早くこいよおおお」
下のほうから後藤の叫ぶ声が聞こえくる。
「わかってるよ。今行く」
弦音も慌てて駆け下りようと階段に足を踏み入れた時、三人の駆け下りる足音とは違うこちらへむかってくる音が聞こえてきた。
だれかが屋上に上がってきていのかと疑問に思いながら二段飛ばしに降りていると、ちょうど渡り廊下のところでその人物と鉢合わせした。
「あっ、いた! 杉原先輩」
「え?」
少女だった。どこかで見覚えのある少女だが、すぐにはピンとこない。
「私ですよ。私」
少女は自分を指さしながら言う。
「昨日会いましたよね? 有川先生と一緒にいたじゃないですか?」
そこで弦音は思い出す。
「あっ、先生のキスした人じゃん」
下のほうにいた後藤の声が聞こえる。
気づけば、三人がこちらのほうを見ているではないか。
麻生青子が、三人を振り返り手を振る。
「すみませーん。杉原先輩すこーしお借りしまーす。いいですかあ」
青子は三人の大きく手を振りながら尋ねた。
後藤と白石がお互いに顔を見合わせたのちに、なにか含んだような笑みを浮かべる。
「おっ、禁断の恋か?」
「もしかして、ツルって二股されてる?」
「なにいってんだよ。バカ。昨日会ったばったりだぞ」
「へえ。江川にいおうかなあ」
「ちょっとまて。お前ら、なにいうんだよ」
「じゃぁ。ごゆっくりい」
そう言いながら、武村を引き摺るように階段を下りていった。
「おい。違うぞ。へんなこというなよ」
叫んでみたが、すでに彼らの姿は見えない。
「本当に誤解ですう。私い、杉原先輩みたいな小さい方には興味ありませんわ」
青子の一言にグサッと矢が刺さった。
「まあ、それは置いといてえ。杉原先輩に折り入って頼みがあるんですよお」
振り返ると、青子が満面の笑みを浮かべていた。
弦音は、その笑顔に不安を覚えた。
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