6・山有高校

1・平凡な昼休み

 今日は普通の少年に見える。しかもそれなりに美少年であることは男の弦音にも理解できた。だから、女子どもは転校初日から頬を赤らめていたのだ。そのことについては、昨日店へ立ち寄ったときに桜花から説明を受けている。


 弦音は霊能力を持ったばかりで特に特別な訓練を受けたわけではない。ゆえに能力調整ができずに、いたるところにいる妖怪や霊が見えてしまうのだ。


 まあ、あちら側が意図的に隠れてくれたならば弦音が気づくことはないのだが、そうでなければ小さく弱いモノノケだろうとも見えてしまう。特に好奇心旺盛なモノノケは弦音が見えることをいいことにワザと視界に入るようにふるまうものだから、授業中に我慢できずに叫び、先生に怒られてしまうことも多々あった。


 モノノケや霊が見えるというのは、普通の人間が見ることのできない“本質”を見極めるということらしい。そういわれてもピンとこないのは、霊能力というものはどこかあいまいなものだったからだ。それなりに頭のいい桜花でもうまく表現できないのだが、とりあえず霊魂の憑依した器自体の姿はかわらない。見る人によって姿が変わるということらしい。霊能力があればあるほど、その姿は本来の姿に見え、霊能力がないほどにそれ自身が演じた偽りの姿に見える。


 要するにまったく霊能力がゼロだという芦屋尚孝には武村が普通の高校生にしか見えないということになる。


 けれど、霊能力があっても、霊魂の入った器を普通の人間として見えることもある。自身の能力制御か、器側になんらかの施された術だ。武村には、能力者でも人間に見える術が昨晩施された。


 ゆえに能力制御を知らない弦音にも、それが普通に人間に見えている。


 朝、学校へ来たときは本当にびっくりした。昨日までマネキンだった武村がちゃんと同世代の少年に見え、いま現在こうやって学校の屋上で昼ごはんを一緒に食べているのだ。


「あ~あ~。いやだなあ。文化祭の後夜祭」


 弦音の友人の一人である後藤俊之ごとうとしゆきが、焼きそばパンを食べながら、空を仰いだ。


「どうして? 楽しみじゃん」


 その横でもう一人の友人の白石穂高しらいしほたかが怪訝な顔をする。


「お前はいいよ。彼女いるしさあ。俺なんて、彼女いない歴、年齢と同じだぞ」 


 そう言いながら、しょんぼりしている。


「誘えばいいじゃないか。一組の仁戸田さんとかさあ」


「それは無理だ。無理」


 後藤は必死に手を横に振りながら、顔を染めている。


「ツルは? ツルはどうするんだよ」


 後藤はごまかすかのように弦音へ話題を振る。


「今年こそ、誘うだろう? 江川を」


 後藤の一言に飲んでいたカフェオーレを噴き出してしまった。


「なっ、なにいうんだよ。どうして、江川なんかを……」


 慌てる弦音に後藤も白石もニヤリとする。


「な~に~、焦っているんだよ。バレバレだぞ。お前が……」


「弦音君は、江川さんを恋慕しているのでござるのか?」


 後藤がいう前に武村が口を開いた。


 弦音たちは武村に視線を向ける。武村はにっこりと笑顔を浮かべる。


「だったら、誘うでござるよ。拙者も西岡さん誘うつもりでござる。いっしょに誘って、接吻しましょう」


「接吻?」


「キスのことか?」


 後藤と白石が尋ねる。


「そういうことでござる」


「きっキス!?」


 のんびりした口調でいう武村とは逆に、弦音の声が裏返った。


「拙者は、西岡さんと接吻。いやキスがしたいのでござる。その後夜祭でダンスたるものに誘ってキスするのでござるよ」


「うわっ、横谷、積極的だな。おい」


「ツルももう少し積極的なならないと、とられるぞ」


「余計なお世話だ!」


 友人ふたりに、はやし立てられた弦音は思わず叫んだ。


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