4・懐かしいメロディ

 その時だった。ちょうど特別棟にある音楽室の前に差し掛かったとき、中からピアノの音が聞こえてくる。だれかが練習しているのだろう。特に気にするほどのことではなかったが、その聞いたことのあるメロディに朝矢の足が止まる。


『この曲は……』


 山男にも聞き覚えがあったようだ。お互いに顔を見合わせると、音楽室の扉を開いた。


 扉を開くと、長机とイスが並び、譜面のついた黒板に教壇。


 出入口の扉からちょうど真正面の窓際に一台のグランドピアノ。そこに座るのは一人の女子高生。


 長く艶やかな黒髪の少女が一心不乱にそのメロディを弾いている。


 優しくてせつなくなるようなメロディは、どこか故郷を思い出させる。


「“空の澄んだ街”……」


 朝矢は思わず曲名をつぶやいた。すると、メロディが止まり、少女が驚いた顔をこちらへ向ける。


「すまない。なんか、懐かしい曲が聞こえてきたからさ」


「知っているんですか? “松澤愛桜”が路上で……」


 そこまでいうと、なにかを思い出し急に立ち上がった。


「思い出した。有川先生って、“レッド”のギター弾いていた人ですよね!?」


 懐かしい名前を聞いたなあと朝矢は思った。


 そういえば、そんなバンド名で路上ライブに付き合わされたことがあった。愛美がデビューする前の話だ。大学へ行きながら、“祓い屋”稼業と並行してバンド活動をしていた。愛美のデビューが決まったためにバンド活動は終わっている。


 その時、歌っていた曲の一つが“空の澄んだ街”だ。桜花が故郷を思い作った曲で、公式には公表されていない。


 それを知っているということは、彼女は何度か“レッド”のライブを見に来ていたということだ。

「そうか。麻生さんが言っていたのは“レッド”だったんですね」


「もしかして、バンド部?」


「はい。私は、バンド部の部長をしている三神雅みかみみやびっていいます。今度の文化祭よろしくお願いします」


 三神は深々と頭を下げた。その動作に朝矢は右往左往する。


『朝矢。もう時間だぞ』


 山男の言葉と同時に予鈴がなる。


「まずい。もう行かないと……。じゃあな」


 朝矢は慌てて音楽室を飛び出す。その間も三神は深々と頭を下げていた。扉が閉じるのと同時に顔を上げた彼女の口元には、不適な笑みを浮かべている。


「よろしくお願いします。有川朝矢先生」


 その声音は、異様なほどに落ち着いていた。

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