5・バンド演奏への誘い

「それよりも、お前突然なにしにきたんだよ」


「そうでしたあ。私ったらあ、うっかりしてましたああ」


 そういいながら、青子は舌を出しながら、自分の頭をこつんと叩いた。


「実はですねえ。どうせ、潜入したならあ。文化祭にも参加したもらおうと思いましてえ」


「は?」


 朝矢は片方の眉毛を歪ませた。


「ほらあ。私い、バンド部に入っているじゃないですかあ」


「知らねえよ」


「そこでえ」


「話聞いてねえぞ。こら」


「いちいち、ツッコまないの。有川」


 桜花がため息を漏らす。


「久しぶりにい、演奏しないかと思いましてえ」


 青子の言葉に朝矢たちはきょとんとした。


「バンドで?」


 愛美が尋ねると、青子がもちろんですよと頷く。


「なんで急に?」


「じつはですねえ。時間配分間違っちゃいましてえ。一曲分時間があまっちゃったんですう。そうしたら、朝矢先輩があ。実習と称してきたんでえ。これは使えるって思ったんですよお。もちろん、バンド部の先輩たちの許可はもらってますよお」


「おいおい。先生の許可がいるだろう。そこはどうするんだ?」


「もちろん、もらいますよお。杉原先輩が」


 その言葉で弦音が学校で弓の稽古をしながら、くしゃみをしていることはすきぐに想像ができた。


「なぜ、杉原?」


「あの人お。文化祭の実行委員なんですう。でも、委員長じゃないんですよお。委員長は園田先輩ですからあ」


 園田?


 その名前に心当たりがあった。たしか、“アヤカシ”化した江川樹里に襲われた少女だ。渋谷にあるコーヒーショップまで逃げ込んだ彼女が殺される寸前で成都が助けている。その後、記憶改ざんしているために彼女は、自分が化け物花に襲われたことなど覚えてはいない。


 そのために何事もなく過ごしているのだろう。


「じゃあ、その園田に頼めばいいんじゃないのか?」


「無理ですう。あの人、苦手え。だってえ、お嬢様ですもーん」


 青子が頬を膨らませながら言った。


「でもお。杉原先輩はいいやすそうですう。というか、扱いやすいですよねえ」


 後輩にそんなことをいわれる弦音に朝矢は同情したが、青子の意見にも合点がいく気もする。なんだかんだいって、弦音は朝矢たちの事情に巻き込まれているのだ。断ることもできたはずなのに、もう後戻り段階まで来ている可能性もある。


(いや違うか。俺とは違う)




『大丈夫。大丈夫だよ。私は……だから……』



 朝矢のまぶたの裏にふいに浮かぶのは女性の姿とその優しい声。



彼女の言葉を思い出すたびに自分はすでに後戻りできないところに来ていることを自覚させられてしまう。


大丈夫。


そんな言葉で安心させようとする彼女の血まみれの姿に朝矢は泣くことさえもできずに愕然としている自分がいた。






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