5・狼と戯れる
朝矢は購買部から離れると、そのまま校庭にあるベンチに座った。ベンチにすぐ後ろにはすでに赤く色づいたかえでの木が佇む。正面のグラウンドには生徒たちが遊んでいる姿があった。
朝矢はグランドを何気なく眺めながら先ほど買ったばかりのパンを乱暴に頬張る。
『荒れているなあ』
朝矢の足元に座っていた山男がいう。
「お前、知っていたのか?」
『なんの話だ?』
「麻生だよ。あいつがこの学校に通ってること知っていたかって聞いてるんだよ」
『青子か。それは知らなかったなあ。半年前に、学業に専念するといって、やめて以来逢っていない』
「そうかよ」
朝矢は空の方へ視線を向けながら、パンに食らいついてムシャムシャと咀嚼する。
『まあ、桃志郎なら知っていただろうが……』
「そりゃあ、知っているだろう。だから、食えないやつなんだよ。あいつは……」
朝矢の脳裏には店長ののほほんとした笑顔が浮かぶ。
麻生青子は半年前まで『かぐら骨董店』の祓い屋として働いていた少女である。
半年前といえば四月。ちょうど彼女が高校へ進学するころのことだった。
中学を卒業してさほど経たないうちに彼女が突然祓い屋稼業を一度休んで学業へ専念したいと言い出したのだ。
店長は有無も言わずに了承した。
高校卒業したら、また働かせていただきますとだけ告げると、そのまま店を出て行ってしまい。それ以来彼女が店を訪れてはいない。
「だったらさあ。弓道部の件、麻生がどうにかできたんじゃないのか?」
『それは……』
「それは無理ですよお。朝矢先輩」
すると突然背後から声が聞こえてきた。振り向くと、両手にパンの入った紙袋をもってニコニコと笑っている青子の姿があった。
朝矢はぎょっとする。
「わたしい。休業中ですよお」
青子は朝矢のとなりに座る。持っていた袋の中からパンを一つ取り出して、「いりますか」とばかりに差し出す。
「いま食べているだろうが」
「あっ。そうですねえ」
青子はパンを袋の中へ戻す。
「わかってますう? 祓い屋の仕事をお休みするだけでもお、返さなきゃならないんですよお」
「返す?」
「決まっているじゃないですかあ。力ですよお。だから、今の私には何の力もないんだすよお」
そう言いながら、朝矢の足元を見る。
「たぶん、そこに朝矢先輩のお供がいると思いますが。私には見えないんですよお」
彼女は残念そうな顔をする。
「あ、撫でたいですう。あのモフモフに触りたいですう」
そう言いながら、彼女は両手でなにかをもむような真似をするその様子に朝矢も山男もげんなりした。
「山男」
『断る』
「まだなにもいってねえぞ」
「あっ。黄色いわんちゃんがいるんですねええ」
彼女は眼を輝かせた。
その視線に山男は顔を歪める。
『無理だ。我には無理だ。こやつは無理だ』
「そういうな」
「姿をみせてくださーい。黄色いワンちゃん。お願いですう」
「山男」
山男はジト目で朝矢を見ると、さすがの朝矢も苦笑いを浮かべた。
『わかった』
ため息を漏らしたのちに山男は、青子の前に姿を現す。
「これでよいか?」
「黄色いワンちゃーん」
その直後、青子が思いっきり、山男を抱きしめた。
「やめろ。やめろ。青子」
「そんなにうれしいのん?」
「そんなわけないだろうが!! 離せ。こら、離せ」
そう喚いてみるが、青子はまったく離そうとはしなかった。
「おい。朝矢。見てないでどうにかせぬか」
「たまにはいいだろう。あと、たぶん、麻生にはお前の声聞こえてないぞ」
「うん。ワンワンとしか聞こえなーい」
そういいながら、青子は山男の身体を全身で撫でまわした。
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