4・購買部にて

「青子~。どこにいくの~」


 四時限目の授業が終わり、麻生青子が教室から出ようとしたとき、同じクラスの友人の一人が話しかけてきた。振り向くといつものように机をくっつけてお弁当を食べる準備を始めている。


「ごめん、今日お弁当持ってきていないのん」


「え? 珍しいわね」


「うん。買ってくるから先に食べていてねえ」


「わかった」


 青子は教室を出ていき、特別棟の二階にある購買部のほうへと向かった。


 青子がたどり着くころにはすでに人だかりができており、一番人気の焼きそばパンが次々と売れている。


「焼きそばパンはだめだわ」


 青子は購買部の店頭に山積みに並べられていたはずの焼きそばパンがなくなっていく姿を見ながらつぶやく。


 購買部にはあまり訪れたことはない。大概がお弁当を作って持ってくるのが青子の常だった。けれど、今日はお弁当を持ってきてはいない。時間はあったのだが、どうも作る気がしなかったのだ。


 そういうことで財布をもって購買部へと向かった。


 たくさんの生徒たち。


 この山有高校の生徒数は1200人ほどのなかなかの人数を誇っている。一学年400人程度で、7クラス。同級生とて面識がない子のほうが多い。特に青子は専攻クラスなためにクラス替えがなく、三年間同じ顔触れだ。ゆえにクラス以外のものといえば部活仲間ぐらいしか面識がない。


 あまりものでいいか。


 青子はそう思いながら、生徒の群れから少し離れたところで様子を見ていた。すると、生徒たちの中に私服を着た長身の青年が目に入ってきた。茶髪でウェーブかかった髪。


「あっ」


 青子はその正体に気づくと、彼のほうへと近づいた。


「とも……せん……有川先生」


 呼びかけられた彼の身体がびくっとする。


「……」


 彼は驚いた顔で青子を見ている。青子は笑顔を浮かべながら、手を振った。


「焼きそばパン買ったんですかあ~。有川先生」


 その手にはしっかりと焼きそばパンが握られている。


 有川朝矢はバツの悪そうな顔で青子を見た。


 青子はただニコニコと笑っている。


 すると、朝矢が焼きそばパンを青子に差し出す。


「あれれ、くれるんですかあ。でもお、そんなことしたらダメですよお。みーんな見てますよお」


 朝矢は周囲の視線に気づくと、焼きそばパンを自分のほうへと引き寄せて歩き始めた。


「あらら、行っちゃったあ」


「麻生さん。有川先生と知りあい?」


「あっ。三神先輩」


 同じように購買部にパンを買いに来ていた三神先輩が話しかけた。


「どうなの?」


「う~ん。秘密です。それよりもパン。パン買わないとねえ」


 青子はそう言いながら購買部のほうへと向かう。そのころには焼きそばパンはすっかり売り切れていた。


「ああ、やっぱり売り切れかあ。あっ、でもクリームパンが残ってるう」


 青子はいくつか残っていたクリームパンを七つほど購入することにした。


「麻生さん。それ全部食べるの?」


 それを見ていた三神先輩が尋ねる。


「そんなわけないですよお。二つは友達の分ですう」


「五つは食べるのか」


「それでは。先輩」


 青子が歩き出す。


「あっ、麻生。放課後、合わせするからね」


「わかってますよあ。もうすぐ本番ですもん」


 そういいながら、青子がふいに足を止める。

 そして、三神先輩のほうを再び振り返る。


「そういえば、最後の一曲ってまだ決まってないんですよねえ」


「あ、そのことか。どうしても決められないのよ。どうしようかしら。他の部に時間あげようかとも思ってるんだけど」


「それはダメですよお。ほかの部も困ります。そこで提案があるんです」


「提案」


「呼ぶんですよお」


「呼ぶ?」


「私の知り合いのバンドですう」


 そう言いながら、青子は片目をつぶった。



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