6・犬好き
「こっちが理科室でこっちが音楽室ね」
そのころ、弦音は物陰に隠れるようにして、マネキンじゃなくて、転校生の武村を尾行していた。武村と一緒にいるのは、樹里と麻美だ。
前の休み時間に、麻美が学校を案内すると言い出したおかげで、樹里も一緒についていったという感じだ。
しかし、昼休みになって武村とともに出ていった樹里たちを見た弦音にとっては、気が気でならない。
武村には好きな子がいる。しかもこの学校の女の子のだれかだ。恋が成就しないかぎりは成仏しないという彼。もしも、その相手が樹里だったならばどうしようか。
『武村くん。あーん』
『ありがとう。樹里』
弦音の頭の中で、どこか景色のいい公園で樹里が武村にお弁当のおかずを差し出しているところが浮かび上がってくる。
しかも、樹里が箸で武村の口へと食べ物を持っていく。それを武村が食べる。
『樹里、好きだよ』
『私もよ』
そう言いながら、抱き合い、唇を重ねる二人。
周囲にはロマンチックな光が立ち込めていく。
「ひえええ」
勝手に妄想しながら、弦音はムンクの叫びのように顔を青くする。
「お前、バカだな」
肩に乗って、弦音の顔色がコロコロと変わるのを見ていた金太郎が、あきれたようにつぶやく。
「そんなに不安なら、さっさと告白すればいいだろうが」
「こっ告白!? そんなことできるか」
今度は顔が赤くなる。
「あの子。なに独りでブツブツいっているのかしら?」
周囲からの不審な視線に弦音ははっとする。
「いや。違いますよ」と否定しながら、慌てて彼女たちの進んだ方向へと走り出す。
そのコロコロと表情を変えていく少年がおもしろくてたまらないといわんばかりに金太郎が笑っている。
「杉原。なに慌てているの?」
弦音は樹里の声で、いつの間にか樹里達を追い抜いてしまっていたことに気づいて立ち止まる。ゆっくりと振り返った弦音に樹里は怪訝な顔をし、その隣の麻美がニヤニヤしている。
「あの……。その……」
弦音はどう説明したらいいのかわからずに困惑した。
まさか、ずっとつけていただなんて言えない。
もう完全なストーカーだ。
うまい言い訳が見つからず、目を泳がせていると、不意に視線が窓の外へと向けられた。
「あれ?」
弦音の声で樹里たちも窓の外を見る。
窓の外には大きな木。その隣にあるベンチに二人が座っている姿が見えた。
一人はこの山有高校の生徒。
もう一人は私服を着た長身の男だった。
「あれ?有川先生?」
弦音が言う前に麻美がつぶやいた。
「もう一人は麻生さんよね」
樹里が付け加える。
「麻生さん?」
弦音は怪訝な顔を向ける。
「うん。一時期うちの部にいた子よ。でも、すぐにやめていまは
「軽音部?」
そんな部活あったのだろうかと弦音は首を傾げる。
「知らないの?まあ、確かに今年からできた部だから、知らないかもしれないわね。元々愛好会としてあったみたいだけど、人数が足りなくて部活に昇格できなかったんだって。麻生さんが入ったおかげで無事部活に昇格したって話よ」
「ふーん」
「けど、麻生さん。有川先生となに話しているのかしら?」
樹里が首を傾げる。
「そうだ」
麻美がなにかを思いついたらしく突然窓を開けた。
「黄色いワンちゃん♡」
同時に青子の声が聞こえてきた。座っていたはずの青子がしゃがんでなにかを抱きしめているのが見える。
その犬の姿を見るなり、弦音はぎょっとした。
山男だ。
青子が狼に抱きついているのだ。
「あれ? 犬?」
麻美の言葉に弦音は目を丸くしながら、麻美たちと山男を交互に見た。
狼だ。
犬とは明らかに違う姿をした金色の狼の姿にした見えない。
「犬ね。犬。薄茶色の犬だわ」
「シベリアンハスキーかしら」
どうやら、彼女たちには黄金に輝く狼ではなく、薄茶色をしたシベリアンハスキーらしか見えないらしい。
(俺だけかよおおおお)
思わず心の中で叫んでいると、肩の上にいる金太郎が「おいらにも狼に見えているぞ。おそらく朝矢にも同じようにみえているはずだい」とつぶやいている。
それに内心ほっとした。
「かわいい」
樹里たちの黄色い声が聞こえてくる。
どうやら彼女たちは部類の犬好きらしい。
「麻生さーん」
麻美が叫ぶと、朝矢と青子がこちらを向いた。
青子は犬を抱いたまま、ニコニコと手を振り、朝矢は焦燥の色を見せている。
「その犬。どうしたの?」
「えっとですねえ。ここにいましたあ」
「ここに?」
樹里たちが首を傾げる。
「なんかどこからか出てきて、私になついてきたんでーすう」
その言葉に朝矢の顔がゆがめた。
「へえ。もしかして野良犬?私たちもそっちきていい?」
「いいですよお」
「おい。てめえ、勝手に決めるな」
朝矢が吠えているが、青子はそれを無視した。
「横谷くんも行こうよ」
「はい」
麻美に誘われた武村も彼女たちとともに外に出ることにした。
弦音もまたそれを追いかけた。
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