2・武将の望み
再び依頼を受けた朝矢は生徒たちが下校する頃を見計らって山有高校に訪れることになり、今に至る。
「はあ?恋だとお」
朝矢が不機嫌そうにいう。
「そっ、そうでござる。やっと、主様の敵を討てたので、満足してあの世へ逝こうとした道中だったのじゃ」
そういいながら、武将は顔を赤くする。
「仇ってだれですか?」
弦音が質問すると、朝矢が睨みつけた。
「バカ。ここで聞くことじゃねえってことだい」
弦音の肩に乗っていた“金太郎”が武将に聞こえないように耳打ちした。
「え?徳……」
言い切る前に弦音の口が小さな手でふさがれた。
「バカ、ここでいうな」
慌てる“金太郎”の視線の先には眉間に皺を寄せて、こちらを見ている朝矢の姿があった。
どうやら、武将に聞かれてはいけない内容らしい。たしかにそうだ。
“徳川家康”はいま現在“かぐら骨董店”でお茶を飲んでくつろいているのだ。
それを知った武将がまだ仇を取れていなかったといって暴走しかねない。もしかしたら、“鬼”にまでなってしまう可能性もある。
しかし、400年もこの世に留まって、家康への怨みがあったにも関わらずに“鬼”までいたらなかったことが不思議だ。
この弦音の口を塞いでいる一つ目のモノノケも鬼だ。
ある女性の呪いによって鬼となったらしいが、詳しいことはわからない。
鬼の特徴はわかりやすい。簡単に言えば、“鬼化”したものには、頭に角が生えているのだ。数は一本の者もいれば、二本、三本、もっと多くの角を持つものもいるという。
角の本数が多いほどに強い。
そして、“金太郎”は一本角の鬼らしいのだが、いまは角がない。
その力は封印され、いまはただのモノノケの姿をしている。
そういった説明を一通り受けてはいるものの弦音にはいまいちピンとこない。
鬼、モノノケ、妖怪、幽霊
そんな言葉はアニメなんかで聞いたことのある言葉なのだが、どうやら弦音が知るものと彼ら「祓い屋」が扱うその用語には意味合いがちがうようだ。
鬼とはモノノケや人間がなんらかの条件によって変貌をとげたものだといっていたが、いったいどういう条件が整えば鬼となるというのか。
その定義ははっきりしないらしい。ただいえるのは特徴としての角と「妖気」と呼ばれる気配を漂わせていること。それで判断するそうだ。
「それで、てめえはどうしたいんだ?」
弦音がそんなことを考えている間にも朝矢と武将のやり取りが続いている。
「はっきりしろよ。ボケ」
朝矢のどなり声が武将をたじろがせているのだが、彼はまったく気づいた様子もなく攻め続けている。それに煮えを切らしたのは金太郎だった
「おいおい、お前、それじゃあ、言いたくても言えねえだろうが」
「あっ。すまない」
金太郎のため息まじりの言葉にいつも悪態ばかりついているようにしかみえない朝矢が素直に謝っている。それに面食らったのは金太郎のほうで、どこかばつが悪そうな顔をする。
朝矢は一度自分を落ち着かせるかのように深呼吸をした。
「それで、どうしたい?その希望が叶えば、成仏してくれるんだな」
そして今度は優しい口調で武将に話しかけた。
そんな彼の対応の変化にあっけにとられる弦音の肩の上で「こいつってへんに順応性あるなあ」と金太郎が評価した。
「はい。拙者の願いはただあの女性と話をすることです。それ以上は望みません」
「それじゃ、満足しないな」
朝矢が武将の言葉をさえぎった。
「けど、拙者は……」
朝矢はしばらく考える。
「わかった。とにかく一度店に戻る。返事は後だ。いいか?」
「はい。よろしくお願いします」
そういいながら、武将は正座をして、床に付くほどに深々と頭を下げるのであった。
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