2・それは恋慕でござる

1・まだまだ収まらないらしい

 朝矢が再び山有高校の弓道部に訪れることになったのは、また怪奇現象が起こり始めたからどうにかしてくれという学校側からの要請があったからだった。


 弦音のクラスメートである江川樹里がおかしくなった事件に関する記憶は、弦音以外の学校関係者は持っていない。しかし、その直前の弓道部での出来事に関しては、そこに立ち会った先生たちの記憶に残っていた。


なぜ、そういう現象が起こったのかというと、松枝愛美の持つ能力によって記憶が書き換えられたからだ。


 彼女が歌うことによって言霊となり、それを聞いた人々の中から化け物の出現がなかったことになっている。ただ行動自体がなかったことにならないからなぜ自分がそこにいるのかを矛盾がないように書き換える必要性がある。それに関しては勝手に修正してくれる。


 ゆえに渋谷の事件の際、樹里と園田先輩がスクランブル交差点にいたことは文化祭の買い出しということになっていた。


「ほんとうにまた妙なことが起こって困りましてねえ」


小太りの先生が汗をぬぐいながら、『かぐら骨董店』の中央にあるテーブルの腰かけて、事情を話している。


 その間に骨董店でバイトを始めた弦音の中学時代の後輩である香川洋子がお茶を出した。


 なぜ香川洋子がここにいるのかについて、弦音は詳しく知らない。


 ただ「依頼料だよ。依頼料が払えないということでバイトしてもらっている」と店長が言っていた。


 依頼とはなんだったのだろうかと弦音は思う。


 結局のところ、洋子がなにを依頼し、その依頼が達成されているのかさえも弦音は知らされていなかった。彼女に関して知っているのは、姉を殺した犯人に拉致られたことぐらいだ。


 それ以外の情報は弦音には入っていない。


 聞いてみたが「プライベートなこと」だとはぐらかされてしまった。


 洋子に直接聞いてみようかと気づかぬうちに好奇心が生まれる。


 それよりも、「依頼料」とはどれほどのものなのか。ほとんど客を見ない骨董店は果たして儲かっているのか。


 自分に給料はちゃんと支払われるのか。


 それさえも不明。

 

 そもそも、弦音はなぜここに来ているのか。


 最初は断るつもりだった。


 訳の分からないことに巻き込まれて、自分の命も危うくなるような事態は避けたいというのが人間の心理のはずだ。


 けれど、確実にそれに勝る好奇心がある。


 気づけば、自分は毎日のように“かぐら骨董店”に訪れ、なぜか店の奥にある居住区からモニター越しに店の様子を見ている。



「それで、また出たのですね」


 先生の対応をしていた澤村桜花が落ちかけた眼鏡を直しながら尋ねる。


「そうなんですよ。昨日も学校の見回りをしていると奇妙な音がしまして、弓道場を見ると、弓が浮かんでいまして……」


 小太りの先生は汗をぬぐいながら、そう答えた。


「それで再び調査してほしいと」


 桜花は特に表情を変えずに対応しているのだが、その周辺には、骨董店に居座っているモノノケや幽霊たちが集まっている。


特に一つ目小僧こと“金太郎”は興味津々だ。桜花の肩にのって、先生の言葉を聞き入っていた。


「ほほほほ。まだおったのかのお」


 店の片隅では、相変わらず徳川家康が茶をすすっていた。


 もちろん、先生にはそれらが見えない。


「なにやってんだよ。あいつらは」


 店の奥で、モニター越しに話を聞いていた朝矢が、モノノケたちが気づかれないことをいいことに、先生へちょっかいを出している様子に苛立ったようにいう。

 その口調はいますぐにでも乗り込んでいきそうな勢いがあったが、朝矢は胡坐を掻いたままブツブツと文句を言っている。

 そんなふうに愚痴りながらもちゃんと場をわきまえている朝矢の横顔を見た弦音は、「大人だなあ」と思った。

 

 バイトする気はなかつたはずの弦音。

 

 それなのにモニターを見ながら、気になる点を次々と朝矢に質問してしまっていた。


 そうすると、「やる気満々だね」とからかうように言ってくるのが、居住区にもいるモノノケたちだ。このモノノケはいったいなんだろうかとも質問してみると、「ただの居候」とだけ朝矢がぶっきらぼうに答えた。

 

「そんなこと聞くな。ボケ。考えたらわかるだろう」とツッコまれるようなことさえも質問してしまう弦音に対してきちんと返事を返す朝矢は意外と律儀なのかもしれないと弦音は思った。


「そういえば、この前の事件」


「おいおい、なぜこの前の事件が出てくるんだよ」


「すみません。ずっと気になっていたんですけど、あの女の人を倒したあと、警察が来たじゃないですか?普通だったら、その場にいた俺たちって事情聴取とか受けますよね。でも、なんか警察の人たち、俺たちのほうを見向きもしませんでしたよね?気づいたのは、柿原さんだけで……」


「ああ、あれね。とばりが張ってあったからだ」


「とばり?」


「いわゆる結界というやつだな。お前も渋谷での事件でみたんじゃないのか?」


 そういわれてみれば、突然現れた化け物花が朝矢と一緒に自分の目の前から忽然と消えた。


 あれが結界というものか。


「帳にはいくつか種類がある。敵をよせつけないモノ。人々の視界から消すもの。人々から関心をさらすものとかな」


「へえ」


「ビルで使ったのは人々からの関心をそらすものだ。俺やお前の存在を侵入者。あの時でいうと刑事たちから関心をそらさせ、逆に犯人のみに集中させる。ただ、これの場合、あくまで霊力をあまり持たない徒人に適応されるから、霊力がある程度ある柿原さんには見えていたんだ。まあ、柿原さんの場合、俺たちがいることは元から把握していたのだけどな」


「そういうことだったのか」


 弦音はようやく納得できた。


 そんな会話をしている間に話が終わったらしい。


 先生が出て行って、桜花が自分たちのいる奥の部屋のほうへと入ってきた。


「有川。どうする?」


「店長は?」


「一応、内容をメールしたわ。たぶん大丈夫よ。行くでしょ?」


 朝矢は頭をかいた。


「かまわねえよ。明日にでも行ってくるさ」


「あのお、有川さん」


「なんだ?」


「弓道場にまだ霊がいるんですよね。俺、今日も練習してきたんですけど、まったくそんな気配はしませんでしたよ」


「ああ、お前、話聞いてなかったのか?そいつの出るのは、生徒が帰ったあとだ。それにお前ぐらいの能力者じゃ、あっちが何等かの動きをしないと見えねえよ」


「俺ぐらいの能力者じゃ?」


 弦音は周囲を見回す。いたるところにモノノケの姿が見えている。

 どうもピンとこない。


「この子たちが見えているのは、この子たちが動いているからよ。もしも、この子たちが隠れたいと思ったり、動くのをやめたら……」


 桜花が付け加える。


 さっきまで動いていたモノノケが動きを止めた。その瞬間、弦音の視界から忽然と消える。


「あっ……」


「そういうことよ。まあ、有川には見えているけどね」



 桜花が振り向くと、朝矢は不機嫌そうにそっぽを向いた。


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