2・弓道場の怪異の続き

 学校にはいくつかの怪談話が存在している。

 トイレの花子さんやピアノが勝手になるなど様々な噂話だ。


  怪談話の舞台は大概が小学校なのだが、杉原弦音すぎはらつるねの通う山有高校には、なぜかたくさんの怪談話が存在していた。


 その一つが弓道場の怪異だ。


 時折、武将が姿を現し、嘆きの声をあげるというものだった。


もちろん誰もがそれをただの噂話だと片付けていたし、毎日のように弓道場を使っていた弦音もまた信じてはいなかったのはいうまてせもない。なにせ見たことも聞いたこともなかったからだ。

 

 しかし、その弦音の価値観は一気に引っ繰り返された。ある日突然に見えなかったものが見えるようになったことで弓道場の怪異が本当のことだと否応なく弦音が知ることとなったのだ。


 それは見事に夏休みが終わるころにはとある祓い屋によって解決した。


  いや、解決したはずだった。


「おい。おまえ、成仏したんじゃねえのかよ」


弦音のすぐ前で悪態をつく男が一人。


 その前には血だらけの武将が一人正座させられている。


「お前、消えたよな。たしかに俺の目の前に消えたよな。満足して消えたはずだよな」


 そう詰られて、武将は委縮している。


 いまいる場所は怪奇現象が噂されていた弓道場。


 弦音がこの男・有川朝矢ありかわともやと初めて出会った場所でもあった。


 その時には、弓道場の怪奇は解決しており、朝矢が的場先生に『コーチにならないか』と詰め寄られているところに弦音が遭遇していた。

 そのころは、まだ弦音には霊や妖怪わ見る力はなかった。ゆえに弓道場にいた武将の霊を見るのは初めてのことだ。


「それが……その……」


 武将はしどろもどろになりながら、不機嫌そうに自分を威嚇する青年を見る。


 青年が眉間に皺を寄せると、武将は悲鳴を上げて態勢を崩した。


「有川さん。おもいっきりビビってますよ」


 そういうと、有川朝矢が弦音を睨みつけた。


「うるせえな。てめえは黙ってろ」


「はい。すみません」


 弦音は朝矢の勢いに飲まれて、そのまま委縮する。


「だめじゃん。だめだめだなあ。お前」


「うるさい」


 弦音の肩に乗っている一つ目小僧にからかわれた弦音は、ムッとする。


「それよりも、なぜ、成仏しない?」


「えっと、ですね。なんか居心地よくてですねえ」


「居心地いいてなあ。てめえが居座ることで怪奇現象起こしているのがわからねえかよ。ああ」


「ひい」


「怖い。怖い。もう少し優しくなれんのかい? お前は」


「うるせえ。って、てめえもいつまでいるんだよ」


「いいじゃねえか。だって、元居たところに戻ったら、こんなうめえもん食べられないじゃん」


 そういいながら、口に頬張るのは羊羹。


「しかし、また取り寄せろよ。小城羊羹だっけ? あれ」


 いま彼が食べているのは、都内のスーパーで買った羊羹だった。

 けれど、一つ目が食べたいのは佐賀県の名物である小城羊羹。

 どうやら砂糖コーティングされているところがお気に入りらしい。


「無理いうな。ボケ」


 朝矢は一つ目から視線をそらして、真っ青な顔をしている武将のほうを見た。


「ほんとうにいつまで居座るんだ?“金太郎”」


 弦音が一つ目小僧を呼んだ。


「いつまでいるに決まってらあ。なにせ、金太郎なんて立派な名前をつけてもらったからな」


 “金太郎”と呼ばれた一つ目小僧は、弦音の肩に乗り、誇らしげにいいながら羊羹を口にする。


「とにかく黙ってろよ」


 朝矢は彼らに背を向けたまま、あきれかえった。


「さてと、もう一度いう。てめえは成仏する気ねえのか?」


「えっと……。その……」


 武将はモジモジし始めた。


 なぜか顔を赤らめている。


「おいおい」


 さすがの朝矢もなんとなく想像がついてしまった。


「どうしたんすか? 有川さん」


「ははあ。そういうことかい」


“金太郎”も気づいたようだ。


「てめえ、マジか」


「え?」


 弦音だけが状況を把握していない様子で、朝矢たちを見渡す。


「おまえ、けっこうバカだねえ」


“金太郎”がニヤニヤしながら、弦音を見た。


「はい?」


「恋だよ。恋。どうやら、こいつは誰かに思いを寄せてしまったらしい」


「ええええええ!?」


 弦音は思わず大声をあげてしまった。


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