中学卒業後

「初めちょろちょろ♪中ぱっぱ♪赤子泣いてもふた取るな♪」 

 中学卒業後、私は九州大学の学生寮で働き始めた。学生の食事を用意する仕事だ。 

 九大生たちは私を「八重ちゃん、八重ちゃん」と可愛がってくれる。とっても頭の良い人たちだから、いつも難しい議論をしている。「八重ちゃんは第四次吉田内閣についてどんな不満がある?」なんて聞かれても答えられない。会話には入っていけないなと思う。

 だけど、前山さんとの雑談は愉快だ。文学部の一年生で、九州男児と言う言葉がよく似合う大食漢。同郷のためか私のことをよく気にかけてくれる。


「八重ちゃんは日に日に料理の腕が増しちょんのう。」

「あら前山さん、褒めても何も出てこないわよ。」

「いやいや本心よ、今日は特にこのさばの味噌煮が良い!」

 毎回どの料理もおかわりする前山さんの食いっぷりは見ていて気持ちが良い。

 


「八重ちゃん、今日はこれで行くけん、よろしくね。」

 寮母さんに手渡された献立表を確認すると、「かぼちゃの煮物」の文字が踊っていた。うわっと声が出そうになるのを慌てて抑える。

 想像するだけでも忌々しい、子供の頃散々食べさせられたかぼちゃ。


 私はいつも内心嫌々ながらかぼちゃに触るのだけど、昨年、学生さんたちが何事もないかのようにかぼちゃを食べていたのには衝撃を受けた。

 中には「甘くて美味しかったけん、かぼちゃがあるといつも兄弟全員大喜びよ!!」と言う人までいた。

 そういう話を聞いていると、私だけがおかしいように感じる。あの幼少時代は何だったのか。どうして私だけかぼちゃに苦しめられなくてはいけないの?

 

 夕食に登場したかぼちゃの煮物は、案の定学生に大人気だった。

 しかし、前山さんだけは、一向にかぼちゃを受け取りに来ない。普段は学生の輪の中心にいるのに、今日は離れた場所で一人黙々と食べている。

 美味しくなかったのかもしれない。かぼちゃを見ていると、どうしても気持ちが塞がる。そういう気持ちが、今日の料理に影響してしまったのかも。料理には作る人の気持ちがこもるものだから。


「八重ちゃん、お茶だけくれ。」

「今日はお腹が空いてらっしゃらないのかしら?」

「ちょっとな。」

「あんまり、美味しく作れなかったかもしれないわ。」

「いや!八重ちゃんのはいつも美味しいけん、何も心配せんで良いんよ!あんまり食欲が湧かんのは、俺が……かぼちゃが嫌いやからっちゅう、ただそれだけのことっちゃ。」

 前山さんの「かぼちゃ」の言い方は、まるで汚らわしいものを吐き捨てるかのように聞こえた。一旦「かぼちゃ」と発すると、タガが外れたかのようにまくし立てる。

「まだ戦争が終わっちょらんかった頃や、うちは大家族やったけん、少しの量でも満腹になるように、畑でかぼちゃばかり育てちょったんや。毎日かぼちゃ続きで耐えられんくなった俺は、当時一歳にもならん妹のミルクをこっそり拝借して舐めた。そん時、自分は何て下劣な人間なんやろうと思った。かぼちゃさえ無ければ、家族を傷つけずに済んだかもしれんのに。……妹は生きているし、この時代食べ物も十分あるけど、それでもかぼちゃだけは食べる気になれんのよ。」

 気が付くと、私は涙を流していた。

「前山さん、私もやわ。私も全く同じよ。」

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